おだやかな構図~ネパール情勢~

昨日(3月25日)、父から国際電話がかかってきた。

「そっちの情勢はだいじょうぶか?」

思わず「どこの?」と聞き返してしまった。

父によれば、新聞にネパールでの暴動があって、
200人以上の人が拘束されているのだという…。

その頃、カトマンズの中心部ともいうべき王宮前通りを歩いていたのだが、
そんな暴動は影も形も無い。
何時も通り、人や車がのんびり走っている。


家に帰ってからインターネット(参考)で調べてみたところ、
確かに一昨日(24日)、確かにカトマンズの国連施設の前でチベット難民の大掛かりなデモがあり、警官隊と衝突。
245人が警察に拘束されたとのことだった。

よくよく思い出してみると、
その日の昼の1時頃だったろうか、ラリトプール郡の国際協力機構(JICA)事務所に行こうと歩いていると、
向こうから「中国の虐殺停止」みたいなプラカードを持ったデモ隊が歩いてきたのとすれ違った。
今考えてみれば、これが例のチベット難民のデモ隊だったと思う。
カトマンズの国連事務所はJICA事務所の向かいなのだが、そこ辺りにも多くの警官がいた。

もう30分も早く家を出ていたら、ちょうど混乱の最中にぶつかっていたことになる。
幸いだったのか、それとも決定的な場面を見られず不幸だったのか…。


ともかく、僕やJICA関係者はみんな無事なのでご安心を。
それにしても、新聞やニュースに取り上げられる大げさに思えてくるから不思議なものである。
隊員仲間にも、やはり日本から電話があったという人がいた。

ホーリー&ブライト~ホーリー到来~

3月21日(金)、ホーリー当日を迎えた。
もちろん、この日は祝日である。

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さて、僕は前日までに小さなビニール袋と赤いティカ(粉)を用意しておいた。
水にこのティカを溶かし、ビニール袋に入れる。
これがホーリーの際の武器になる。

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朝8時過ぎ、家を出発した。
目的地は、僕がよく行く茶店の近く。そこにはよく知っている子供たちが大勢いる。

しかし、そこにたどりつく前に、早くも攻撃を受けた。
屋上から子供たちが水風船を投げてくる。
いくら武器を持っていても、これでは反撃のしようがない。

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目的地に着いた。
予想通り、子供たちが攻撃してくる。
当然、僕も反撃開始。
しかし、多勢に無勢。
前と後ろから、さらには屋上の上から次々と水風船が飛んでくる。

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さらに、直接ティカを顔に塗りあったりもしたので、
1時間もしないうちに前身水とティカまみれになってしまった。

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武器も使い尽くしたので撤退。
しかしながら、敵はさらに追い討ちをかけて来た。

10時半頃。家に逃げ帰る。
すっかりへとへとになってしまった…。

当分ホーリーはいいや。
と思ったら、来年はもうネパールにいない。
これが最後のホーリーだった。
充分すぎるぐらい堪能した。

BOY MEETS GIRL~ホーリー直前~

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祝日ホーリーがいよいよ3月21日(金)となった。
ホーリーとは神々が魔物に勝利したことを祝う日なのだが、
そんな由来よりも何よりも、その日は子供たちが道行く人に水風船を投げつける日なのである。
すでに、1週間ぐらい前から予行演習のように、あちらこちらで水風船が飛び交っている。

特に女性は標的になりやすいようで、協力隊員仲間にはホーリーを前に憂鬱になっている人がいる。
ネパール人の間でもホーリーは「大嫌い」だという人がいる。


去年は、まだネパールにきたばかりで、まだあまり知っている人もいなかった。
ところが、今年は家の回りには知っている子供たちがたくさん住んでいる。
例えば近所の茶店の子供たち(写真)。
僕がいけば「ジャパニーズ・アンクル(日本人のおじさん)」と言って寄ってくる。
おかげでゆっくりお茶を飲むこともできやしない。
今年はそんな子供たちから間違いなく狙われるだろう…。


そこで、今年は僕も彼らと戦うことにした。
露店で売っていたビニール袋を購入。
ホーリー当日はそれに水を入れた武器を持ち歩くことにした。

さあ、戦いの顛末やいかに。
請うご期待。

声のおまもりください~日本語弁論大会~

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3月15日(土)パタンのアショカホールで恒例の日本語弁論大会があった。
この日本語弁論大会は、今年で27回目。
去年は僕は1観客として聞いただけだったが、
今年は僕の教え子も出場することになっている。
他の学生たちと一緒に応援である。

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出場する学生は全部で12人。
学習時間は150~300時間のいわゆる初級学習者。
しかしながら相当に高いレベルの内容を話す学生もいた。
「外国で働く女性」「女性の教育」など女性問題についてスピーチをした学生が多かったのが印象的だった。

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優勝した学生はポカラの学生で、演題は「自分の文化に敬意をはらいましょう」だった。

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僕の教え子は残念ながら入賞は逃したが、
誰も参加しなかった去年に比べれば一歩前進したと言える。
来年はぜひ入賞を目指したい…と思ったら僕はもうネパールにいないのが残念。
その思いは後任隊員に託したいと思う。

愛・おぼえていますか~授業1周年~

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一昨日3月13日は、僕が今の学校で授業を始めてちょうど1年目の区切りの日だった。
もっとも、僕自身そのことをすっかり忘れていて、
いつもと変わらない授業だった。

次の1年は…正確に言うと1月7日に日本に帰るの予定なので、
10ヶ月しかないけれども、
仕事の仕上げも考えて活動しないといけないのではないか。

4月から教員養成講座を始めるつもりで準備をしている。
それ以降も、日本文化講座、茶道教室、
日本語能力試験1級講座など、
やるべきことはたくさんある。
初心を忘れずにがんばらないといけない。

だいぶ先のような気もしていたのだが、
僕の後任の隊員の要請も決まった。
早ければ12月か1月派遣予定の20年3次隊で
僕と入れ違いになる。

さよならベイビー~ダイエット~

ネパールに来た女はみんな太るが、男はみんなやせる…。
駒ヶ根にいるころだったか、こんなことを言われたものだった。

しかし僕の場合はどうも、その法則に当てはまらなかったようである。
そりゃまあそうだ、なにしろ僕はお腹が丈夫なので、食あたりや寄生虫に全然やられていないのである。
それよりもむしろ、最近お腹が出てきたことが気になってきた。

着痩せして見えるらしく、あまり指摘されることはないが、
お腹にबच्चा(赤ちゃん)がいるみたいな感じになっている。
まさに「私脱いだら凄いんです」状態(笑)
“青年”海外協力隊の隊員とはいえ、年齢的にはそろそろ中年に差し掛かるころ。
とは言え、それで納得してしまうわけにはいかない。

まず何が原因かと考えたところ、ネパールの食事だろうと思い至った。
確かに、ネパールには男女とわずお腹の出ている人が多い。
例えば、サリーを着たおばさんなんて、
サリーの上にお腹が乗っているようなものである。

ただ、僕の場合は普通のネパール人たちとは違い、
朝も晩もネパール料理を食べているわけではない。

むしろ毎日飲むチヤ(ミルクティー)が原因なのではないか。
何しろ、ネパールではお茶は砂糖をたっぷり入れて飲む。
来たばかりのころはそのあまりの甘さにびっくりしたものだったが、
最近では慣れて平気になってしまっている。
それを、1日に3杯も4杯も飲んでいるのだから、
考えてみたら太らないはずがない。

そこでダイエットを敢行した。
まずはチヤを飲むときに砂糖抜きを頼むようにした。
これだけでもずいぶん違うはずである。

僕の職場は、家から歩いて7分である。
日本にいた頃の5分の1も歩いていない。
運動量が落ちたのも太った原因かと思われる。
そこで、毎日30分程度のウォーキングを開始した。
自転車で出かけるのをやめてどこに行くにも早足で歩く。
先日、パシュパティナートに行った際ももちろん往復そうした。

その甲斐あってか、お腹のबच्चाはどうやら成長を止めたようである。
しばらくはこのまま続けていこうと思っている。

目標はサリーを着ること(笑)

アリラン~北朝鮮レストラン~

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カトマンズには和食レストランを始め、いろいろな国のレストランがある。
お金のことを気にしなければ、食に関してはあまり不満はない。
そんな各国料理のレストランの中でも飛びっきりの珍品は
最近できたばかりの朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の国営レストラン「ピョンヤン」だろう。

北朝鮮と日本は国交が無いので、もちろん日本には国営レストランなんてものはない。
しかも、日本と北朝鮮の政府は拉致問題を始めいろいろ揉めている。
ひょっとしたら大使館から出入りの自粛を言い渡されないとも限らない。
そんなわけで、さっそく行ってみることにした。


レストランは王宮の近くにある。
赤と青の北朝鮮国旗をモチーフにした看板が輝いている。
なんとネパールにしては珍しく24時間営業であるそうだ。

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店に入ると、チマチョゴリ姿のウェイトレスが迎えてくれる。
噂では彼女らはいわゆる“喜び組”なのだそうである。
確かにみな若くて美人だ。
その上色が白い。
すっかりネパールに染まって色が黒くなってきている僕らとは大違い。

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値段のほうは決して安くなかったが、料理はどれもおいしかった。
有名な「平壌ビール」が置いていなかったのがビール好きの僕には残念だった。
その代わり店で作っているというマッコリで乾杯。
ネパールの地酒チャンと似た味。

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さて、この店の特徴はショータイムだろう。
ウェイトレスがバンド演奏やカラオケ、踊りを披露してくれたのである。
店に入った途端に「どこの国の人か?」ということを聞かれたのだが、
なんとカラオケで「川の流れのように」を歌ってくれた。
いやあ、芸達者でないとこういう店では働けないとみえる。

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話のネタに…ぐらいの軽い気持ちで出かけたのだが、
想像していた以上においしく楽しい店ですっかり満足した。
また機会を作ってぜひとも行きたいと思う。

天使の誘惑~シヴァラットリ~

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シヴァラットリは昨日で終わったが、
お祝いは1週間続くそうである。

そこで、昨日パシュパティナート寺院の中まで入れなかったリベンジに
今日もう一度訪ねることにした。

さすがに今日は平日だったので、人は多かったものの難なく中に入ることができた。

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僕はヒンズー教徒では無いので、さすがに寺院の建物の中に入るのは遠慮したが、
外から見ているだけでもいろいろ見ることができて楽しかった。

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インドからいろいろな行者が来ている。
例えば、全裸で体中に白い粉を塗った行者がいたりする。
なんでもその格好のままインドから来るのだそうだ。

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また、シヴァラットリの期間中に限り、
マリファナが解禁になるのだそうである。
僕も勧められたのだが、
普段からタバコすら吸わないので、
きっとおいしく感じないだろうと思って見るだけにしておいた。

ゆめいっぱい~シヴァラットリ~

今日、3月6日(木)はシヴァラットリ(शिवरातृ)の祝日だった。
シヴァ神降臨の夜を祝うお祭りとのことである。

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この日は、子供たちがロープで道を塞いで、
通りかかった車や人から小遣いをもらうという習慣がある。
去年と違って今年は近所に顔見知りの子供が多く、
なかなかスムーズに道を通り抜けることができない…。

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この日はパシュパティナート寺院に多くの人が集る。
遠くはインドからも行者が来るという。
これは見ておかなければ、と思い。
夕方出かけてきた。

すると、人人人。
元旦の明治神宮を考えてもらえばいいかもしれない。
これでは、とてもじゃないが中まで行くのは無理そうである。
結局外から眺めて気分だけ味わってきた。

もうすぐ春ですね

昨日(3月3日)の夕方からカトマンズは激しい夕立が降った。
カトマンズでまとまった雨が降るのは5ヶ月ぶりぐらいじゃないだろうか。
そういえば去年も冬の終わりに雨が降って、
それからだんだん暖かくなっていった。
カトマンズにも確実に春の足音が聞こえてきている…。

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そういえば、家からラトナ公園に向かう途中の女子大学の門のところに、
桜の花が咲いていた。
今日通りがかったところ、すでに満開であった。
遠くネパールでちょっとしたお花見気分。

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風のとおり道~カブレ遠足~

3月1日(土)、僕の学校の親組織であるJAAN(JICA Alumni Association of Nepal)の遠足があった。
去年は配属(2月7日)直後の2月10日に遠足があって、
ヌワコット郡のトリスリに行ってきた。
遠足というよりは社会見学といった感じで、
去年は発電所や魚の養殖所などを見学している。
今年はカトマンズ盆地の東隣のカブレ郡へ出かけた。
ここには日本の援助で作られた道路がある。


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カトマンズからチャーターした2台のバスで1時間半ほどのドゥリケル(धुलिखेल)へ。
道はここから始まり、ネパールトク(नेपालथोक)までの50キロが建設されている。
今回は、ちょうど中間の25キロ地点にあるダプチャ橋(दाप्चा पुल)まで行った。


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また、ドゥリケルの近くのナモブッダ(नमोबुद्ध)寺院を見学した。
ここは仏教の聖地で、ストゥーパが建っている。
山道を登ったところにはゴンパ(僧院)もあった。
ここはガイドブックには詳しく載っていないのだが、なかなか趣きがあっていい場所であった。


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去年は、山道を3時間以上バスに揺られて行ったので、
それに比べは今年は何の問題も無く、時間も早く終わったので逆に物足りなかったような気もするが、
なかなか有意義な一日だった。

考えてみたら来年の今ごろはもう日本にいるので、
このJAANの遠足に参加するのも最後だと思うと、何か寂しくなってくる。