春風にのって~新年会~

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ネパール暦の新年は今年は4月13日。
したがって、まだネパール暦では2065年の1月なのである。

今日は、僕の勤務する学校の親組織であるJAANの新年パーティがあった。
JAANのメンバーはもちろん、
JICA(国際協力機構)や、日本大使館からも参加者が来て大いに盛り上がった。

会場は僕の家からも近い中国料理レストラン。
といっても、この日の料理はネパール料理が中心だったが…。

今回は、ダンスを披露する必要もないので、
僕もいたって気軽に参加できた。
もっとも、病み上がりなのでお酒は控えておいたのだけれども。


今回のパーティ、僕は和服で参加した。
パーティが終わったのは20時半頃。
すると外は大雨の最中だった。
いくら安物の着物だからといっても、こっちでは簡単に洗えないし…。
結局雨が小降りになるまで1時間ほど待って、
袴と足袋を脱いで、尻絡げして帰ってきた。
はしたない格好だが、まあこの国だから大丈夫だろう。


それにしても最近、雨が多くなってきた。
いよいよ雨季に入るのだろう。
停電ももうすぐ無くなるに違いない…。

パープル・タウン~選挙~

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カトマンズに春が来たかと思ったら、
あっという間に夏になってしまった。
毎日が暑く、寝苦しい夜もしばしば。

先日、町を歩いていたら紫の花が咲き誇っていた。
去年もこの時期咲いていた花だ。
ネパール人に聞いたところシリス(सिरिस)の花だという。
その咲き誇り具合がまるで日本の桜のようだ。


さて、病気で寝ている間に、すっかり選挙のほうは比例区の開票も終わっていたようである。
さて最終的な結果は、

ネパール共産党毛沢東主義派(マオイスト)220議席(小選挙区120・比例区100)
ネパール会議派110議席(小選挙区37・比例区73)
統一共産党103議席(小選挙区33・比例区70)
マデシ人権フォーラム52議席(小選挙区30・比例22)
タライ・マデシ民主党20(小選挙区7・比例区13)


今回の選挙で決まったのは小選挙区240・比例区335議席の計575議席だから、
マオイストは単独で過半数には届かなかったことになる。

諸手続きを経て、最終的な議席が確定するのにさらに2週間かかるということだが、
今後は連立政権がどのような組み合わせになるかが注目される。
もちろんマオイスト主導というのは間違いないところだが、
今回惨敗に終わったネパール会議派と統一共産党が新政権に加わらないことを表明しているそうで、
もう少し混乱が続くのではないだろうか。

あとちょっとだけ、注目することにしよう。

夢で逢いましょう~病気~

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4日間も寝込むなんて、いままでの人生で最大級の病気なのではないか?
しかし、薬を飲み始めたこともあり、
だんだん快方に向かいつつあるようだ。
なにしろ今日は、ネパール日本語教師協会(JALTAN)の会議に出席できたぐらいである。

それにしても、どうしてもっと早く薬を飲み始めなかったのか…
後悔後に立ちまくりである。


3日間断食状態だったのが、
昨日(25日)あたりから食欲がもどってきた。
こうなるといろいろ食べたいものが頭に浮かぶ。

実家の近所の定食屋のしょうが焼き。大学近くの定食屋のナス味噌炒め。
勤務先近くのメンチカツカレー。
治ってもすぐ食べられないものばかりじゃないかい。

しかたがないので、近場で我慢して、
今日はタメルの「桃太郎」のしょうが焼き定食(写真)を食べてきた。


しかし、3日間の断食の効果は相当大きかったようである。
先ほど体重を量ってみたところ、またまた3キロ以上減っていた。
50キロ台になるなんていつ以来だろう?
以前、お腹にबच्चा(赤ちゃん)ができたなんて騒いでいたが、
病気で痩せるよりはるかにマシである。

寄生虫ダイエットなんて言葉を聞いたことがあるが、
確かに効果は抜群。
もちろん、お薦めはできません…。

Coming out of the Dark~病気~

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以前、「僕のお腹は人一倍強いようだ」と書いたことがあったが、
もはやそれは過去の話になったようだ。

去年中も何度かお腹を下すようなことはあったのだが、
今年に入ってからそれが頻繁になった。
もちろん、大抵は1日2日で治ってしまうのだが、
今度ばかりは様子が違うのである。

異変に気づいたのは選挙前の4月8日(火)頃。
お腹を下したのはいつものことだったが、
2週間以上経ってもいっこうに治る気配がない。
そして食欲不振。これは4月に入ったあたりから続いていたように思う。
何しろ、1日1食で充分なのである。
その上、一回に食べる量も減っている。
一緒に食事をした友人からは「小食ですね」と言われるし、
会う人会う人に「痩せたね」と言われるようになってしまった。

4月21日(月)に体重を量ったところ、3キロも減っていた。
高校時代の体重に戻っている。
慌てて、病院で検便をしてもらったところ、
ジアルジアと診断された。

22日(火)の授業が終わったあたりから急に病状が悪化。
3日間に渡ってほとんど寝たきりになってしまった。
こんな長患い、人生初かもしれない。
23日(水)は祝日だったが、24(木)・25(金)は授業を休みにした。
22日・23日はほとんど何も食べることができず、
一時は生命の危機も感じた(注:これは大げさ)が、
24日の夕方になってお粥を茶碗半分食べることができた…。

今日(25日)は薬も利いてきたせいか、
食欲もある程度戻ってきた。
そこで果物を買いに出かけたのだが、
500メートル歩くごとに休まなければいけないほど体力が落ちていた。

しかし、順調に回復しているようなので、どうぞご安心を…。


教訓:具合が悪いときは我慢せずすぐ医者に相談しよう

さすらい~選挙~

選挙は比例区のほうも開票が進んでいる。
開票状況は60~70%といったとこで、最終結果が出るのはまだまだ先と思われる。

現在のところの開票結果は、
  ネパール共産党毛沢東主義派(マオイスト) 31.1%
  ネパール会議派(NC)              23.0%
  統一共産党(UML)               21.8%
  マデシ人権フォーラム(MJF)           5.9%
  タライ・マデシ民主党(TMDP)          3.1%

(参考:Nepal Election Portal

焦点は毛派が単独過半数を取るかどうかだが、
状況的には微妙なところだろう。

結果が確定したらまたこのブログでも紹介しようと思う。


さて、選挙も新年も終わって日常生活が帰ってきた。
明日からはまたそうした日常生活について書いていこうかと思う…。

奇跡の地球~選挙~

引き続き選挙の話。
ネパール共産党毛沢東主義派(マオイスト)の圧勝となるのが確実な今回の選挙。

事前の予想ではコイララ首相率いるネパール会議派(NC)が第1党になると思われていただけに、
意外と受け止めるむきが多いようである。
僕個人は、毛派の勝ちはあり得るとは予想してのだが、
ここまで圧勝というのは正直予想外だった。
それだけ現政権への批判は根強かったということなのだろう…。

現在の獲得議席は毛派115、NC32、統一共産党(UML)30、
マデシ人権フォーラム(MJF)23、タライ・マデシ民主党 (TMDP)7、
その他7 (残り26)

選挙のやり直し等で25の選挙区で結果が出ていない。
小選挙区240議席が確定した後に比例区335議席が開票され、
政府推薦議員26名と併せての601議席が確定するのは
早くても5月ではないだろうか。

このままいくと、
王制が廃止され、ネパールに共和制が導入される可能性が高い。
毛派のプラチャンダ党首が初代大統領になるのだろうか?
すんなり事が運べば、ネパールの歴史的瞬間に居合わせたことになるわけだ。


今回の選挙結果を聞いて、僕は2006年のパレスチナ自治区の選挙を思い出した。
この時もアラファト議長率いる主流派ファタハが惨敗し、
“過激派”と見られていたハマスが圧勝した。
その後もハマス政権は、イスラエルやアメリカの反発によって、厳しい政権運営を余儀なくされたが、
毛派の立場も似ていると思う。
例えば、毛派は反インドを掲げているため、
インドが締め付けを強化してくることも考えられる。
また、今までテロ組織というイメージの強かった毛派が
すんなり国際社会に受け入れられるであろうか。
何よりも、毛派が現在の多くのネパールの問題に立ち向かっていけるかどうかが最大の疑問点である。
プラチャンダと毛派に背負わされた重圧はとても大きい…。

Running to Horizon~選挙結果~

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選挙の結果も少しずつ明らかになりつつある。
どうやら、ネパール共産党毛沢東主義派(Maoist)の圧勝の様相である。

4月14日現在、定数601議席のうち小選挙区240議席の開票が進んでいる。
すでに確定した199議席中、毛派(マオイスト)が110議席を獲得。
以下、ネパール会議派(NC)31、統一共産党(UML)28、
マデシ人権フォーラム(MJF)19議席…となっている。

毛派のプラチャンダ党首はカトマンズ10区で早々と当選を決め、
他の幹部も軒並み当選か当選有力。

一方、UMLのマダヴ・クマール・ネパール書記長が重複立候補したカトマンズ2区と故郷ロータハット6区で毛派候補相手に落選したのを始め、
NCもコイララ首相の娘で後継者と目されるスジャータ・コイララがスンサリ5区で惨敗するなど、
有力候補の落選や苦戦が相次いでいる。

ちなみにカトマンズ郡では10選挙区中、NC6議席、毛派4議席。
ラリトプール郡は3議席を毛派が独占。
バクタプール郡は2議席ともネパール労働者農民党(NWPP)だった。

(開票結果・速報はHimalayan TimesのHP参照

(続く)

天までとどけ~ビスケート・ジャットラ~

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ネパールの新年がやってきた。
西暦2008年4月13日、ビクラム暦の2065年(२०६५)が始まった。

大晦日から新年にかけて、今年もまたビスケート・ジャットラのお祭りを見にバクタプールへ行ってきた。

バクタプールの町を山車を引き回し(写真上)、
最期に巨大な柱を立てる(写真下)。

去年は結局柱を立てたところが見れなかったのだが、
今年は20時過ぎには無事柱が立ったとのこと。
もっとも、寒かったこともあって、柱の立つ瞬間には居合わせなかったが…。

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新年当日は、あちらこちらでお祈りが行われている。
山羊や鶏の首を切って、血を神様に捧げるのである。
だから、町のいろいろなところから生臭い臭いが漂ってくる…。

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選挙後の混乱も今のところなく、
きっと今年はいい一年になるのではないだろうか。

ともかく、今年もどうぞよろしく。

この道はいつか来た道~選挙~

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選挙が終わって、街はいつも通りに戻った。
しかしこれから開票作業が待っている。
結果次第ではまたひと波乱あるかもしれない。
開票は13日~26日かけて行われるというからのん気なものだ。
日本だったら、今ごろとっくに結果が判明しているというのに…。


今日、開票作業の行われるカトマンズ郡選挙事務所のあるCity Hall近くを通ったところ、
ものすごい人だかりだった。
マスコミや政党関係者が多い。
公式発表を待っているのだろうか?

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なんとなく人だかりを眺めていたら、
社会風刺で知られるコメディアン、マダン・クリシュナ・シュレスタ氏の姿を発見した。
残念ながら写真は撮れなかったのだが、
思わぬところで有名人を見かけてびっくり。
彼については以前HPに書いたことがあるので、一度ご覧になってください。


気づけばチェイトラ(चैत्र)月も残すところあと1日。
ネパールの新年2065年まであとちょっとになっていた。

街角トワイライト~選挙~

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4月10日(木)、選挙の投票日。

今日は終日バンダ(ストライキ)が実施されていることもあって、
車も走っておらず、ほとんどの店がしまっている。
おかげで、今日は僕はどこへも出かけず、平穏でのんびりした一日だった。

しかし、せっかくネパール史上大切な一日だというのに、
その現場を見ないというのは面白くない。


国際協力機構(JICA)からは今日の外出は控えるようにと言われていたが、
近所の投票所をこっそり見に行ってきた。

バス停の近くの小学校がその投票所になっていたが、
小学校の入り口の前の路上で、
投票者のチェックなどを行っているのにはびっくりした。

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ともかく投票は無事修了。
後は開票に移るわけだが、今日の様子を見る限り、
こんな調子で何事も無く終わってしまうのではないか、
そんな気がしてならない。

誕生日はもう来ない~誕生日~

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いよいよ明日が選挙の投票日。
たまには選挙以外の話題を…。

今日4月9日(木)、ネパールでの2度目の誕生日を迎えた。
協力隊の任期は2年だから、これがネパールで迎える(当分)最後の誕生日。
とは言っても、34回目ともなれば、そんなに嬉しいわけでもないし、感慨もべつに無い。


もともと日本にいた時も、そんなに誕生日を祝うようなことはなかった。
しかし、このネパールにいると、日本にいる時以上に誕生日を意識してしまう。

すでに4月4日(金)、同期の仲間が誕生日会を開いてくれた。
同期8人のうち、最初に2度目の誕生日を迎えたのは僕だった。
ちなみに、爆弾テロに遭遇したのはこのパーティの最中。
そういう意味でも生涯忘れられない誕生日になるだろう。

誕生日当日の昼は
学生たちが昼間にささやかに食事会を開いてくれた。
僕の教え子が経営している日本食レストランで食事。
もちろん、ビールも(こっそりと?)だしてくれた。

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夜は夜で、家の近所に住む友人たちが家に来てくれて
カレーライス(日本製)とケーキで乾杯。

さらに、選挙後には今度は先輩隊員たちが別のパーティを企画してくれている。
こんなに何度も誕生日が祝ってもらえるなんて、
人と人のつながりと言うか、温かさを限りなく感じる。
プレゼントよりも、何よりもうれしい贈り物である。


ちなみに、誕生日プレゼントは前後半年受け付け中なので、みなさんどうぞよろしく。

夢見る頃を過ぎても~選挙~

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選挙の週を迎えた。
町も何だかんだで選挙ムードが高まっていて、
今度ばかりは本当に実施されそうな予感。

今日から金曜まで、公共の機関が休暇となることが決まった。
土曜をはさんで、日・月曜はネパール暦の新年休暇。
実に8連休になる。
ただ、それが正式に決まったのは先週の木曜日。
すでに月曜日に初級のクラスで試験を実施することが決まっていたこともあり、
授業は明日(火曜)までやらなくてはいけない。
もっと早く決めてくれれば、そのつもりで準備したものを…。


今日はその連休初日。
やはり普段よりも店を閉じていたところが多かった。
と言っても、開いている店のほうが多いし、特に普段と変わらない。
テロもあった直後だけに、かえって意外な気もするが、
どこも生活がかかっているのだろう。
選挙前日の9日(水)と当日10日(木)はその日を公休日にするようお達しがあったらしいので、
閉まる店はもっと増えると思われる。
さらに選挙当日は終日交通機関のバンダ(ストライキ)が決まっている。


びっくりしたのは今週1週間、警備上の理由からレストランおよび商店での酒類の販売が禁止になったということ。
そんなわけで、昨日は同期隊員と昼間からビールをしこたま飲み、
家にも買いだめをしておいた。
もっとも、近所の居酒屋の店員に聞いてみたところ、
普通に売ってくれるというから、心配はしていない。
ただ念のため、飲みすぎには注意しよう。

夜にはぐれて~爆弾テロ~

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4月4日(金)夜のことだった。
僕は同期の仲間たちとラリトプール郡のプルチョークで食事をしていた。
20時頃だったろうか。
ガスもれのような臭いがしていたかと思うと、
突然外から「バン」という大きな音がした。

店の人たちが叫んでいる、「Bomb、Bomb」と。
どうやら爆弾が爆発したらしい。
しばらくしてもう一度爆発音があった。

どうやら爆弾テロがあったようなのだ。
JICA事務所の人によれば30分ほど前にはカトマンズでも同じような爆発があったそうである。


結局、今のところテロの背景はわからないが、
4月10日の選挙を目前にして、いろいろ不穏な噂が起きている最中だけに不安はつきない。
このまま無事に選挙が終わることを切に祈る。

当選確実~選挙~

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いよいよネパールの制憲選挙が1週間後(4月10日)となった。
どうやら今回ばかりは本当に選挙をやるようで、
町も選挙ムードに満ちている。
すでに投票のために故郷に帰った人も多いと聞く。

日本と違い候補者のポスターこそ貼っていないが、
選挙カーが走り、候補者が練り歩く。
この国でも同じようである。
だが、さすがはネパール。
政党のパレードは、楽団が音楽をかき鳴らし派手に歩いている。
最初出くわしたとき、結婚パレードかと思ったものだ。

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その一方で、選挙にまつわる悪い噂も絶えない。
ネパール共産党毛沢東主義派(マオイスト)の幹部が選挙結果次第では再び闘争を開始すると語っているそうでもあるし、
地方では支持者同士の衝突や、候補者の暗殺が相次いでいるらしい。
ここカトマンズでも、ストライキの噂が根強い。
中には2年前の革命の際の混乱を予想する人もいる。

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来週そうそうストライキに入るとの噂もある。
開票作業は4月26日頃までかかると予想されており、
とうぶん不安はつきない。

早いところ、選挙も無事に終わって、
平和なネパールになることを願ってやまない。


(注:一部の候補者・政党の写真を使っていますが、
たまたま町で見かけたというだけで、
特に僕が応援しているというわけではありません。)

ごきげんよう!PARTY NIGHT~ネパール・ダンス~

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年末の日本人会忘年会でネパール・ダンスを披露した後、
しばらく基礎ステップを習ったのだが、
このところ忙しかったりして、すっかりダンスから遠のいてしまっていた。

ところが、何とネパール・ダンスを披露する機会がまたしてもやってきたのである。
在ネパール日本大使公邸で開催された国費留学生の送迎会の際にぜひ踊ってくれと、
日本大使から頼まれたのである。

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披露まで1週間と、時間も無かったので、演目は忘年会の時と同じタマン族のダンス。
しかし、踊ったのは3ヶ月も前のことで、
すっかり忘れてしまっていた。
2回ほど練習しただけで本番であった。

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日本人しかいなかった前回とは違い、今回の客のほとんどはネパール人。
しかも、僕の学校の親組織JAAN(JICA同窓会組織)のメンバーも多く招かれている。
しかし、すでに1度やっていたというのが不思議に自信を与えてくれた。
結果的には前回以上にうまくできたように思う。

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評判もよかったようなので、
ひょっとして3回目の披露の機会がくるかもしれない。
となると、さすがにまた同じ演目というわけにはいかないだろう。
そろそろ本格的にダンスを再開するのもいいかもしれない。