素敵な空気~ネパール共和制発動~

画像

2008年5月28日(水)。
制憲議会によって、ネパールは共和国となった。
といっても、町の様子は普段と変わらず、
テレビを見ていないので、そのことを知ったのは翌29日になってからだった。

歴史的瞬間にしてはあっけないものだった…。
当然だが、未だに実感がない。

ただ、議会のほうは多少はすったもんだがあったらしく、
午前11時に開始予定だった議会が、実際に始まったのは午後9時半だった。
共和制の是非を問う投票は、賛成560反対4の圧倒的多数で可決
(反対は王政支持の国民民主党)された。


一般国民となったギャネンドラ王の一家が、すんなりと王宮を明け渡すのかどうか、
大統領には誰がなるのか、(コイララ首相か、毛派のプラチャンダ党首か)
まだまだ予断は許さないが、
暖かい目で見守ることにしよう。

画像


今日、王宮に行ってみた。
やっぱり、いつもと変わらない風景だった。

ジャングル日和~制憲議会~

画像

5月28日からネパールでは選挙後初の制憲議会が開催されている。
その直前には、ラトナ公園や、議会の開かれるビレンドラ国際会議場(BICC)付近で爆弾テロがあり、
行く先に不安もなくはないが、
歴史的な出来事でもあり、行く末を見守っていきたい。


議会開催にともない、5月28日から30日の3日間、祝日ということに決まった。

祝日が増える…それは一向に構わない。
だが、どうしてこの国では計画的にものごとが決められないのだろうか?
3日間の祝日ということが正式に決まったのは、
前日、それも夕方になってからのことだった。

日本であれば、1ヶ月も1週間も前に、スケジュールが決まるであろう。
そうすれば、早めに授業のスケジュールだって決めることができる。
こんなにギリギリでは、決めるのもあわただしくなるし、
学生に知らせるだけでも余計な手間がかかってしまう。

結局、朝の通常のクラスは中止、日本語教師養成講座だけは予定通り行うことにしたが、
学生たちの出席状況も非常に悪かった。


選挙が終わって、ネパールが平和になれば、
日本みたいに発展していくだろう…
そんな展望を語るネパール人学生がいたが、
僕はこんな調子ではあと100年ぐらいかかるのではないかと思っている。

人として~日本語教師養成講座~

日本語教師養成講座のほうは順調に進んでいる。
2つのコースとも各2回の授業を終えた。
登録人数は最終的に2コース併せて53人である。
14時~15時半のオフィスタイムの実施で、
これだけ集ったのだから、日本語教育に対する関心の高さが伺える。


今回、講座を実施するにあたって、
僕は出席を多少厳しくすることにした。
遅刻は10分までは認め、それ以降は欠席扱い。
欠席3回で単位は認めない…。
日本だったら、ごく普通のことだが、
ルーズなネパール人には難しいのではないかと考えていた。
しかし、今のところ遅刻者は予想以上に少なく、
このやり方がうまく行っているようである。


授業は昨日と今日で、両コースとも「語彙・意味」の講義を修了。
明日からは「文字・日本語史」の講義に入る予定。
以降、「文法」「言語学」「音声」「日本語教授法」「異文化コミュニケーション」など、
僕が日本で受講した日本語教師養成講座(420時間)のミニチュア版となっている。
しかし、20回、計30時間という限られた時間では、
どこまでこなせられるのか不安もある。


追伸:

画像


ネパールの新聞にこの日本語教師養成講座のことが取り上げられた。
23日発売の「नेपाल न्यूज(ネパールニュース)」という週刊の新聞で、
講座の告知と共に、僕の顔写真が載っていた。
もっともこの新聞、ネパール人でも知っている人がほとんど無いマイナー紙のようで、
残念ながら道行く人から声をかけられるようなこともない。

夢の中のまっすぐな道~日本語教師養成講座~

画像

5月22日(木)、5月23日(金)と、
日本語教師養成講座は2つのコースとも順調にスタートを切った。

初日は22人、2日目は26人の学生が来てくれた。
予想以上の盛況ぶりで、教室の椅子が足りなくなってしまった。

いつもは3~5人と少人数で授業をしていたので、
これだけの人数は日本の高校以来。
学生たちからも活発に発言をしてくれて、
充実した授業だった。

画像


しかし、1時間半ずっと喋り通し、
朝の授業から数えれば計4時間半もぶっ続けで授業をやるのは、
やっぱり大変だった。

喉もいたくなったし、
授業が終わったらぐったりしてしまった。

受講生の中には、僕よりもキャリアの長い先生方もいたりして、
少々やりにくかったが、
今のところ評判も上々。
今後もがんばろうと思うわけです。

夢じゃない~日本語教師養成講座~

5月21日(水)、日本語教師養成講座の初日…のはずだった。
ところが、この日まさかのカトマンズ・バンダ。
なんでも、マオイストによって被害を受けた家族と学生団体によるバンダ(ストライキ)だとか。


これでは、学生は誰も来ることができない。
初日からつまずきのスタートでは先が思いやられるが、
ネパールのことだからと思ってあきらめよう。

思いがけず5連休となってしまったが、
もう一日準備の時間ができたのだと、前向きに考えることにしよう。

少しだけ片想い~ブッダ・ジャヤンティ~

連休の最終日。
初日にエコ・ピクニックに行ったぐらいで、
あとはずっと家で授業の準備をしていた。
さすがにそれはもったいないような気がしてきた。

休みが4日もあればちょっとした旅行だって行けるじゃないか。
実際、この機会を利用して旅行している仲間もいる。

飲み仲間はランタン山にトレッキングに行ってしまった。
近所の仲間はルンビニとチトワンへ出かけている。

画像


そこで、カトマンズに残っている寂しい同志を誘って、
ブッダ・ジャヤンティ(बुद्ध जयन्ती/仏陀誕生日)の今日、チベット仏教の聖地ボーダナートへ行ってきた。
行こうと思えばいつでも行ける場所で、
明らかにルンビニ(仏陀生誕の地)に比べるとありがたみが薄い気もするが、
今日行くことに意味があった…と思う。

画像


あいにくの雨だったが、ボーダナートでしばらく過ごした後、
チベット麺を食べてきた。
それだけだったけど、ブッダ・ジャヤンティらしい一日だっただろう。


連休も今日で終わり。
明日からはいよいよ日本語教師養成講座が始まる予定である。

オゾンのダンス~エコ・ピクニック~

画像

ネパールで活躍している日本人歌手のスンダリ・ミカから、
5月17日(土)、ピクニックに行こうと誘われた。

彼女がパーソナリティーを務めている日本紹介ラジオ番組
「おはようミテリ」の企画のエコ・ピクニックだそうだ。
ラリトプール郡郊外のブングマティ(बुङ्गमती)まで行ってきた。

画像


ナマステ体操に始まり、
スンダリ・ミカのミニ・ライブやダンスなど、盛りだくさんの内容。

画像


もちろん、「エコ・ピクニック」というだけあって、
環境について考える時間もあった。
ピクニックの最後には、みんなでゴミ拾いをした。

画像


カトマンズに来てからと言うもの、
町の汚さに驚かされることも多い。
だから、イベントを通じて、ネパール人の意識を変えていくことが大切なのではないか…
ピクニックに同行していたテレビ局のカメラマンにコメントを求められたのでそう答えておいた(もちろんネパール語で)。

今回のエコ・ピクニックには、バクタプールのEVERST SCHOOLの子供たちも参加していた。
だから、行きのバスの中から歌ったりと大騒ぎで、
遠足気分で楽しかった。
しかし、帰りのバスで、
窓からお菓子のゴミを捨てた子供を見て、
まだまだ先は長いと思いました…。

翼をください~日本語教師養成講座~

今週はうれしいことに4連休である。
土曜、日曜(注:ネパールでは平日)に続いて、
月曜、火曜がウバイリ・プルバ(उभैली पर्व)とブッダ・ジャヤンティ(बुद्ध जयन्ती)。
日本より一足遅れてネパールもゴールデンウィークに入ったようだ。

連休だと喜んでいたら、
学生たちが「私たちに会えなくて嬉しいんですか?」と言っていたが、
残念ながら君らに会うよりも休みのほうが嬉しいのだよ(笑)

しかし、せっかくの休みなのだが、
来週から始まる日本語教師養成講座の準備をしなくてはならない。

当初、講座の参加者は20人弱と予想していたのだが、
16日現在22人が参加を表明している。
最終的には30人弱になりそうな勢い。
これでは、とても教室に入りきれない。

そこで、月・水・金の3日間のクラスに加え、
日・火・木のクラスも開講することにした。

まあ、嬉しいことではあるのだが、
日曜日が休みでなくなってしまった。
もっとも普通のネパール人と一緒だと思えばいいのだが。

ともかく、この4連休はますます大切にしなくてはいけない。

おしゃれ泥棒~インド映画~

画像

そんなわけでさっそくヒンディー映画を観に行った。
カトマンズの映画館では、土曜と日曜の初回は半額で観ることができる。
日曜日は平日なので、きっと空いているに違いない。

ちょうどその頃、家の近くの映画館「KUMARI HALL」では
「Mr.White Mr.Black」という映画をやっていた。
どんな映画かはよく知らなかったが、とりあえずそれを観よう。

映画館は前方の席が150ルピー、後方が200ルピーである。
今回は前方の席を買った。
半額で75ルピーである。
案の定空いていて、観客は全部で30人もいなかった。

画像


さて、映画のほうは…。
実を言うと内容がよくわからなかった。
というのも、ヒンディー映画の場合、
ネパールでは字幕等がつかず、そのまま上映するのである。
僕はまったくヒンディー語がわからない(>_<)

映画はどうやら「おしゃれ泥棒」「ピンクの豹」を思わせる犯罪コメディのようだ。
冒頭で3人の美女が警官を相手に銃撃戦やワイヤー・アクションを見せるのは、
「チャーリーズ・エンジェル」のモロパクリとも言える。

とりあえずストーリーはよくわからなかったが、
ダンスナンバーや派手なアクション、お色気など盛りだくさんで、
それなりに楽しめる作品だった。
さすがは映画大国といわれるだけのことはある。

もっともっとヒンディー映画が観たくなってきた。
しばらくヒンディー映画漬けから抜け出せないことだろう。

Om Shanti Om~インド映画~

画像

インド映画(ヒンディー映画)は、DVDを100ルピー前後で売っている。
主にビデオCD(VCD)のネパール映画よりも、画質は抜群にいい。
しかも、英語字幕つきなのである。
僕はヒンディー語がまったく理解できないが、この英語字幕のおかげで、
なんとか映画を理解することができる。


去年一番の話題だったのは、「Om Shanti Om」であろう。
インドの映画界を舞台に、生まれ変わりをテーマとしたミュージカル大作で、
インドはもちろんネパールでも大ヒットした。
主題歌がとくに素晴らしく、ネパールでも子供たちが口ずさんでいたりしたものだ。
主人公(ヒーロー)を演じたシャー・ルーク・カーン、そしてヒロインのディーピカ・パドゥコネ共に魅力的。
とにかく歌って踊るインド映画の魅力をこれでもか、ってぐらいに見せ付けてくれる。


その「Om Shanti Om」を抑えて、インドで最も権威のあるフィルムフェア賞を受賞したのが「Taare Jameen Par」。
全寮制の小学校を舞台に、落ちこぼれの少年が新任教師との出会いによって立ち直るという感動的なヒューマンドラマ。
教師役のアミール・カーンが初めて監督した作品で、
フィルムフェア賞では監督賞と助演男優賞も受賞している。
ロビン・ウィリアムスが教師役を熱演したアメリカ映画「いまを生きる」を思わせる作品である。


また、「Saawariya」は初のハリウッドとボリウッドの合作として話題になった。
原作はロシアのドストエフスキーの短編小説「白夜」で、
架空の町を舞台に、最愛の男を待ち続ける女と、その女を愛した男の三角関係を描いた、幻想的なファンタジー。


今のところ僕がベスト作品だと考えているのが「Guru」。
強引な手段でインド一の繊維メーカーを立ち上げた男の半生を描いた人間ドラマで、
あのハリウッドの名作「市民ケーン」にも匹敵する面白さの作品であった。

実は、他にもいろいろ書きたいことがあるのだが、
ここではあまりスペースが無いので、いずれHPのほうで紹介しようと思っている。


DVDで映画を観ていると、次は映画館に行きたくなる。
そこで、ヒンディー映画を観に出かけることにした。

(続く)

踊るマハラジャ~インド映画~

画像

ネパールはインド文化圏だと言われている。
とは言っても、実際のところネパールはヒンズー教と同時にチベット仏教の影響が強く、
その様子はインドとはだいぶ違った形になってきている。
しかし、音楽や映画といった文化面を考えると、
インドの影響は大きく、間違いなくインド文化圏に入ってくるだろう。
町を歩けばインドの音楽が流れてくるし、
DVDショップにもインド映画があふれかえっている。
ネパール人たちは小さい頃からこうしたインドの音楽や映画に触れているため、
ほとんどの人がヒンディー語を理解できるようになっている。


ところで、僕は映画が大好きである。
せっかくネパールに来たのだから、ネパール映画をいろいろ観ておこう。
そう考えて、これまでネパール映画ばかりを観て来た。
ところが身の回りのネパール人たちはネパール映画をほとんど観ない。
映画館でもネパール映画よりインド映画ばかり上映しているし、
DVDショップでもネパール映画を探すよりインド映画を探すほうが簡単である。
そもそも、ネパール映画自体、インド映画のコピーと言った感じであるという。


そんなこともあって、インド映画を観てみることにした。
その結果…僕自身すっかりはまってしまった。
最近ではネパール映画よりもインド映画を観ることのほうが多いかもしれない。

ここでいうインド映画は正確にはヒンディー語映画のことである。
ボンベイのボリウッドを中心に作られていて、マサラ映画とも呼ばれる。
こうしたマサラ映画について、紹介することにしたい。

(続く)

未来予想図~日本語教師養成講座~

僕がネパールに派遣された理由の一つに、「ネパール人教師の養成」というものがあった。
とはいうものの、派遣当初、僕自身日本語教師としては素人も同然だった。
まずは自分が日本語教師としてのキャリアを積まなくてはいけない。
しかし、何だかんだで1年が経ち、帰国までのカウントダウンが始まった。
そろそろ教師養成のほうも始めなくてはいけない。


しかし、いくら僕が日本語教師の資格を持っているからと言って、
僕以上に現場を積んだベテランネパール人教師に教えるなんてことは、
とてもできそうにない。
そこで、僕はこれから日本語教師を目指す若手の養成を考えることにした。


ネパールではもちろん、日本のように日本語教師養成講座は無い。
初級が終わった、能力試験3級レベルの人が、すぐに教壇に立つような現状である。
言ってみれば、中学校を卒業した途端に英語を教えているようなものである。
それなら僕なんかも立派にネパール語を教える資格があるではないか。
ともかく、そんな先生に教わった学生が、また先生となって教えるという悪循環。

そんな事情を考えれば、僕の乏しい知識であっても、
それを共有するということは少しは意味があるだろう。


というわけで、いよいよ日本語教師養成講座を始めることになった。
5月21日から7月4日までの毎週月曜、水曜、金曜日の14時から15時半。
計20回の講座である。
内容は、語彙・文字・表記・文法などといった日本語の基本から、
比較言語学、異文化コミュニケーション、
そして、模擬授業。
やはりネパールにいる以上、ネパール語との比較から日本語を考えるといった内容も盛り込む予定である。

当面は試行錯誤が続くであろうが、もしうまくいったならば、
7月から以降も講座を続けようと考えているし、
ポカラで出張講座なんかも出来たら面白いだろう。


もし身近に日本語教師をめざしていて、この講座に興味のある方がいらっしゃったら、
ぜひ僕のほうまでご連絡ください。
会場はDillibazarのJILCI校舎。
参加資格は日本語能力試験3級レベル以上で、
これから日本語教師をめざす人、あるいは日本語教師になったばかりの人。
参加費は1000ルピー(JALTAN加盟校学生は500ルピー)となっています。

氷の世界~ネパール甘味~

画像

夏は暑く冬は寒い。
そんな当たり前のことが、先進国にいるとわすれがちになる。
ところが、ここネパールはそれが当たり前。
なぜなら、冷暖房はこの国ではほとんど使われていないからだ。
とりわけ冷房なんてものは、滅多にお目にかかれない。

日本にいる頃に、外のあまりの暑さに、
喫茶店に入ってカキ氷を食べたら、
冷房が効きすぎていてむしろ寒い思いをしたなんて経験がある。
ところが、そんな心配、この国では心配ご無用。

画像


タメルにある「ロータス」レストランのカキ氷が始まると、
「ああ、夏が来たんだな」と思う。
5月は日本ではまだ春かもしれないが、
ここネパールでは立派な夏。
そんな暑い中、汗をかきかきカキ氷を食べる。
これがあるべき本来の姿だったんだなと思うわけである。

画像

さんぽ~ネパール生活~

画像

僕の住んでいるディリバザールは、カトマンズの中心といってもいい。
ラトナ公園やオールド・バス・パークも近いので交通の便が良く、
どこに行くのも便利である。
かと言って、王宮通りやタメルのような喧騒が無く、
住むのには最適の場所である。

画像


家から、一応は大通りであるディリバザールまでは歩いて約5分。
しかし、その途中にも小さなパサル(お店)はいくつもあるので、
ちょっとした買い物には不自由しない。

画像


ディリバザールに出ると、洋服屋が多いのが目につく。
主にクルタやサリーといったインドやネパールの民族衣装の店である。
時々、日本からの観光客が来たら連れていくこともあるが、
いろいろ店を覗いているだけで時間がいくらでも潰れてしまう。

画像


ディリバザールと、もう一つの大きな道プタリサダックとの交差点の近くにある野菜市場。
それほど大きな市場ではないが、
普段の食材だったらたいていここで揃うので重宝している。

画像


住めば都というけれども、
住み始めてちょうど1年。この町がすっかりお気に入りになった。

アジアのこの街で~ネパール生活~

画像

ネパール生活も気づけば15ヶ月目に入った。
今の家に引っ越してからもちょうど1年が経った。
(写真中央のピンクの建物がうち)

僕が住んでいるのはカトマンズ郡の南部にあるDillibazarという町。
官庁街から15分、タメル地区からも20分と、
カトマンズの中心部に位置しているといえる。
それでいて、奥まったところにあるせいか、閑静で落ち着いている。
最初住み始めたころは、1年後には引っ越しも考えていたのだが、
今ではすっかりそんなことも考えるのをやめてしまった。


ところで、協力隊員(JOCV)に限らず、日本人がネパール人の家に下宿する場合、
プライバシーの問題が生じがちである。
ネパール人は大家族のところが多く、プライバシーに無頓着なのと、
何よりも日本人というのが珍しいらしく、
大家やその家族に勝手に部屋に入られたなんて苦情をしばしば耳にする。
その点僕の家の場合、大家はプライバシーを尊重してくれるので、とてもありがたい。
むしろ、大家さんとの接点がなさすぎて困っているぐらいである。

なお、大家さんは海外暮らしが長かったせいか、
1階こそネパール人一家が住んでいるが、
2階は韓国人、3階(僕)と5階が日本人、4階がフランス人と
ずいぶんと国際的なアパートになっている。


ちなみに今の部屋は2LDKにトイレつきで家賃は7500ルピー(約15000円)。
日本じゃとてもじゃないがこんな値段でこんな部屋は借りられない。
つくづくネパールの物価は安いなあと思う。