涙のあとに微笑みを~明治学院150周年記念試合~

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先週の明治神宮野球大会で、今年の野球観戦はお終いのつもりだったが、
今週も神宮球場に来てしまった。
あ、昨日も秩父宮ラグビー場に来ているから、2日連続神宮外苑に来たことになる。


今日は、明治学院野球部創立150年記念の明治学院対東大の交流戦を観るのが目的である。
明治学院の前身・東京一致英和学校(通称・波羅大学)と東大の前身・工部大学校が1883年に対戦したのが、
日本で初めての対校戦であったという。
1885年の明治学院と第一高等中学校(後の東大教養学部)の試合では「インブリー事件」が発生している。


試合は6回終えて明治学院は6-0とリード。
ちょうどその時、明学の教師ウィリアム・インブリーが垣根を越えてグラウンドに入ってきたのを、
無礼と感じた一高側が激怒。
インブリーに暴行を働いたのである。
当時、一高生だった正岡子規もスタンドでこれを見ていたという。


その因縁の対戦なのだが、現在明学は首都大学野球の2部、
東大は六大学野球に所属しているため、なかなか公式戦で当たることがない。
たまたま知人に明学野球部出身がいたので、どっちが強いのかを聞いてみたところ、
六大学野球という高いレベルのリーグで戦っているぶん、東大有利ではないかと言っていた。

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出場選手は基本的に3年以下だが、
東大は4年の井坂を先発投手に起用。
日比谷高校出身。当時でいえば一中―帝大の超エリート。
あ、今でもそうですね。


試合開始に先立ち、明学野球部長の開会宣言、全日本大学野球連盟副会長の挨拶があった。

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始球式は、明学学院長と東大野球部OB会長による。

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共に背番号無しの白いユニフォームにハンチングという格好だが、
これは明治時代のものを再現しているらしい。


東大先発の井坂。
独立リーグ入りを表明しており、これがアマチュア最後の登板。

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ところがいきなり3安打で1死満塁のピンチを招く。

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しかし、138キロの速球で5番関谷(1年・日大三)を三振に取るなど、後続を断つ。


その直後の2回表、東大は先頭の笠原(3年・甲陽学院)がライトスタンドにソロアーチで先制。

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その後は両校ともチャンスは作るが、得点出来ない。
2回裏の明学無死3塁のピンチを招くが、井坂が抑えた。


4回から東大投手に鈴木翔太(4年・時習館)。
1年秋に斎藤佑樹から勝ち星を奪った男が神宮に帰ってきた。

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が、1死後安打と2四球で満塁とされる。
代打・飯間(2年・明学東村山)にタイムリーを打たれ、明学が同点に追いつく。

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鈴木は1回持たず降板。
マウンドには関(2年・半田)。
それ以上の失点は許さない。

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5回終了後、場内スーパービジョンにて、
両校の因縁のきっかけとなった「インブリー事件」のあらましが紹介された。
なかなか見応えがあった。

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6回から東大投手にルーキー山本俊(1年・西春)。
球は早い(最速141キロ)がコントロールはイマイチらしく、
2者連続でストレートの四球。
しかしなんとか坂本(2年・桐蔭学園)を三振に仕留め、セカンドランナーを牽制で刺して2死。
最後はファーストゴロとピンチ脱出。

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明学先発の松田(3年鎌倉学園)は6回4安打。
失点も笠原の本塁打だけと好投。

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7回から水沼(1年・作新学院)のリリーフを仰いだ。

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この試合は9回までで延長戦を行わない。
このまま引き分けかと思われた7回裏。
山本はまたしても乱調で、1死2、3塁とする。

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岩本(2年・近代付属)の打球はライトフライ…これを新主将の有井(3年・新田青雲)が落とすエラーで、ランナー2人が生還。
明学が3-1とリードした。


8回に東大はエース辰亥(2年・高松)。
さすがの貫禄で明学打線を3人で抑える。

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9回表、東大は2死から白砂(2年・修道)が2塁打と意地を見せる。

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最後は有井がピッチャーフライ。
伝統の試合は明学が3-1で制した。

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今年最後の野球観戦、なかなか楽しかった。
それにしても東大野球部。
相変わらず打てない。
今日も6安打を放ちながら得点はホームランの1点だけ。
投手が頑張っているだけに残念だ。
東大は現在リーグ戦66連敗中。
ワースト記録の70連敗にあと4つと迫っている。
不名誉な記録を更新しないように、なんとかして立て直して欲しい。

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