時計をとめて~大隈庭園~

とある休日、天気が良かったので早稲田にやって来た。
紅葉の色づく大隈庭園を散策した。

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大隈庭園は、早稲田大学の創設者・大隈重信の屋敷のあった場所である。
もともとは井伊掃部頭・松平讃岐守の下屋敷であったが、大隈が住むようになり、庭園も改造された。
大隈の没後、屋敷と共に大学に寄贈されている。

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大学の学生はあまり来る場所ではないかもしれないが、
この日は、土曜日だったこともあり、家族連れやカップルが大勢散策を楽しんでいた。

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庭園に入りすぐ右手には2つの碑が建つ。
右が「稲工乃碑」、左が「稲友乃碑」。

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稲工乃碑は、1928年設立の早稲田高等工学校の設立70周年を記念して、
稲友乃碑は、早稲田大学の創立75周年を記念して建てられたもの。


そのすぐ近くに韓国様式の鐘楼がある。
その名も「韓鐘閣」。

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梵鐘は1983年の創立100周年の際に、韓国校友会から寄贈されたもの。
鐘楼のほうは2004年の創立125周年に建てられた。

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この鐘楼を始めとして、庭園内には韓国を始めとしたアジアの校友から寄贈されたものが多く飾られている。
なるほど、早くからアジアに目を向けて来た早稲田だけのことはある。


鐘楼のすぐ近くに建つ像は孔子。
中華人民共和国山東省人民政府から2008年に寄贈されたもの。

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さらに進むと大きな自然石が。
文字はかなりかすれているが「우리(ウリ)石」と読める。
1968年に早稲田大学우리(ウリ)同窓会に寄贈されたものらしいが、
確か留学生の間でさえ南北の対立のあった北朝鮮・韓国の留学生たちが、
せめてOBだけでも仲良くと共同で建てたのだと、だいぶ前に聞いたことがある。

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庭園の東側に高台がある。

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ここに建つ像は大隈重信夫人の大隈綾子のもの。
尾崎士郎の「人生劇場」の主人公・青成瓢吉が大学を去る原因が、
確かこの大隈夫人像建設をめぐってだったと思う。

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その傍らに座るのは4代目総長の田中穂積像。

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実は僕は、大隈庭園には思い出が深い。
僕は大学時代、茶道研究会に所属していたが、
毎年学園祭での茶会を大隈庭園で開催していた。
しかし、1997年を最後に学祭でここは使われなくなったのだが、
僕はその最後の代であった。

茶会の主な舞台は庭園内にある完之荘。

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完之荘は飛騨から移築された茶室である。

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この日はどこかの団体が使用していたようだ。

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大隈庭園の背後にあるのがリーガロイヤルホテル東京。
正直、これができて景観が悪くなった。

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中央の広場には四角い石が設置されている。
「ともに世界へ ともに未来へ」と刻まれているが、
125周年を記念して、125センチ立方だという。

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大隈庭園と大隈講堂の間の道は大隈ガーデンハウスに通じている。
大隈ガーデンハウスとはいわゆる学食。

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入口に立つ獅子は、台湾同窓会が創立百周年を記念して寄贈したものだという。

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大隈庭園に沿って童子石や文人石が建つ。
どこかで見たと思ったら、去年韓国で訪ねた王陵にあったように思う。
15~19世紀の朝鮮王朝時代のものだそうである。

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大隈講堂の側には「平和記念碑」がある。
この碑は第二次大戦で亡くなった教職員・学生・校友4300人の霊を慰めるため、
1990年に建てられた。
碑文を書いたのは西原春夫元総長。

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この場所からは大隈講堂の回廊が見える。
回廊は普段は入ることができず、僕も先日キャンパスツアーに参加して初めて入った。
外から眺めるのはここからがベスト。
これは初代大隈重信像。

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僕は文学部の学生だったので、大隈庭園は現役時代ほとんど利用したことがない。
天気が良い日に大隈庭園でお弁当なんてのも悪くなさそう。
これからでも、チャンスがあったら試してみようかと思う。
弁当はやっぱり…「早稲田の弁当屋(通称わせべん)」かな(笑)

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この記事へのコメント

あきこ
2013年12月10日 19:36
この庭園、すごい素敵な庭園だね~!なぜなら、韓国・中国・台湾からの贈り物があるから。
行ってみたくなった~!
ken
2013年12月11日 06:58
>OCTOPUSさん
おはようございます。

大隈重信の銅像や側近の銅像が建ち並ぶなんて如何にも豪華な庭園やし、ボクにしてみれば素晴らしいなぁと思います。