大地のゲーム~合同防災キャンプ~

8月22日(月)から2泊3日で開催された「合同防災キャンプ2016」に参加してきた。
このイベントは都立高校の生徒と教員が東日本大震災の被災地である宮城県を訪ね、防災について考えるというものである。


概要については河北新報に取り上げられたので、そちらをご覧になっていただきたい。


残念ながら三宅島からは生徒の参加はなかったが、僕ひとりで参加してきた。


すでに7月に、事前研修が東京であった。
台風が接近しており、三宅島からの出島でいろいろ振り回されたが、無事に集合場所の東京駅に到着した。
防災キャンプに参加するのは生徒80名、教員20名の総勢100名という大集団である。


そこから東北新幹線やまびこに乗り、仙台へ。


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さらにバスで北を目指す。
100人は二手に分かれ、松島・石巻に向かうグループと、多賀城に向かうグループに。
僕は、多賀城に向かう方のグループだった。


多賀城では、仮設住宅を訪問した。
もともとは野球場であったが、そこにプレハブが建てられている。


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プレハブとはいえ、結構しっかりした2DKの家になっている。


次いで、災害公営住宅を訪ね、住民の方からの話を聞いた。
やはり実際の震災を体験した方の話は胸に迫るものがある。


多賀城高校の先生の案内で、市内を散策。
まずはイオンへ。


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このプレートは洪水がここまで来たことを示している。


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3メートルというから驚きだ。


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駐車場から見た光景。
iPadを用いて、大震災当日にここから見えた洪水の映像と見比べた。
海ではない方向から洪水が流れてくる…いわゆる都市型洪水があったのがここだそうだ。


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遠くに見えるのは瓦礫処理場だろうか?


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ここから多賀城高校に歩いて向かったが、そのところどころの電柱には、
洪水の水位を示すプレートが取り付けてある。


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段々水位が下がっていくことがわかる。


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歩道橋の下にもこの通り。


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よく見ると水の跡が壁にはっきり残っている。


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こちらの壁にも水の跡が。


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これらのプレートは多賀城高校の生徒が取りつけたのだという。


こちらの丘は、百人一首にも詠まれた“末の松山”。


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末の松山を波が越すと言うのは不可能なことの喩えとして用いられているが、
実際東日本大震災でも洪水はここを越えなかったそうである。


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多賀城高校では震災当日の学校の対応などの話を聞いた。


「南三陸ホテル観洋」が我々の宿である。


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海が目の前に広がるが、
やはりここも震災当日は2階まで水を被ったそうだ。


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初日から盛りだくさんであったが、
なかなか考えさせられる貴重な旅となっている。

(続く)

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