天と地と~甲斐大和~

甲府2日目。
地ビールでもないのかな、と甲府駅のキオスクを探した。
残念ながら山梨の地ビールは無かったのだが、
なぜか新潟の‟エチゴビール”があった。

画像


よりによって宿敵・上杉謙信の越後ビール!?
まあ、塩を送られるほど仲良かったのだから良いだろう(笑)


甲府から、甲斐大和まで足を伸ばした。
甲斐大和は、武田信玄公の息子・武田勝頼の終焉の地があり、武田氏が滅んだ地である。


駅前には武田勝頼像が建つ。

画像



勝頼終焉の地の景徳院までは山を30分程登った先。

なかなか大変そうだが、景色は良い。

画像



途中には合戦の地を示す碑がいくつもあり、武田軍が次第に追い詰められていったことがわかる。

四郎作古戦場。

画像


鳥居畑古戦場。

画像


ようやく景徳院が見えた。

画像



17人の女性を描いたレリーフがある。
ここは、武田勝頼夫人・北條氏とその従者16人が亡くなった地なのだそうだ。

画像


女性達が飛び降り、「姫ヶ淵」と呼ばれている。

画像



景徳院へ。

画像


勝頼の菩提を弔うために徳川家康が1579年に建立した寺院。
山門は建設当時の物が残っている。

画像


景徳院本堂。

画像



勝頼とその一族の墓。
右奥から北条夫人、勝頼、子・信勝、武田家随臣の墓だそうだ。

画像


武田勝頼公生害石とあるから、ここで勝頼が自害したのだろう。

画像


北条夫人の生害石。

画像


武田信勝公の生害石。

画像


北条夫人の辞世の句碑もあった。

    黒髪の みだれたる世ぞ はてしなき 思ひに消ゆる 露の玉の緒


画像


少し下がったところにある没頭地蔵尊は、
3人の首のない死骸を埋めた場所だそうである。
ということは、先ほどの墓は供養塔なのかな?

画像



寺院のすぐ脇に首洗い池の標識が立っていた。

画像


こちらがそうだろうか?
まったく雰囲気がない…。

画像


むしろこっちの渓流の方がそれらしい。

画像



再び、30分近く歩いて甲斐大和駅に戻った。
電車の時間までもう少しあったので、駅のすぐ近くにあった諏訪神社を散策。

画像



本当は昼食も甲斐大和でと思ったのだが、駅前にほとんど店はないようだ。
そこで、中央線で大月まで移動。

画像


昼食には大月名物のおつけだんご、
大月ギョーザなどを。

画像



こうして1泊2日の山梨旅行を終えて東京に戻ってきた。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント