空のカーテン~荏原台古墳群~

東京が歴史の重要な舞台となるのは、徳川家康が江戸幕府を設立してからである。
だが家康以前にも平安時代以来の江戸氏に始まり、太田道灌、扇谷上杉氏、北条氏らによって永い歴史が刻まれてきている。
それどころか、旧石器時代から縄文、弥生と東京には多くの人が住み、その遺跡が残っている。


僕は以前、東京にある先史時代の遺跡を訪ね歩いたことがあるのだが、
今回都内の古墳を訪ねることにした。
古墳はかつての荏原郡地域(品川区、目黒区、大田区および世田谷区の一部、川崎市の一部)に多く残されており、
「荏原台古墳群」と称されている。


まずは東急線多摩川駅で下車し、多摩川台公園に向かった。

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多摩川台公園にはいくつもの古墳が残っているのだが、公園自体が整備工事の最中。
古墳は見られるのだろうか…。

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あった、亀甲山古墳。

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残念ながら、柵で囲まれていて中には入れない。

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また、多摩川台古墳群として、1号墳から8号墳までの8つの古墳がある。

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公園の北西の外れにある蓬莱山古墳。

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ここは、上に登ることもできる。

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公園内の古墳展示室には、亀甲古墳が実物大で再現され、発掘された史料と共に展示されている。

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多摩川台公園にある古墳群は、荏原台古墳群のうちの「田園調布古墳群」を形成しているが、
他にもいくつかの古墳がある。
それが多摩川台公園のすぐ近くにある、多摩川浅間神社。
ここもやはり浅間神社古墳であり、その上に神社が建てられているのだ。

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神社の本殿。

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多摩川を眺める。

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ここから、田園調布の町を歩いて、雪が谷大塚駅に向かう。

鵜木大塚古墳がある。

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ここは現在、大塚稲荷があるが、
古墳として残っているのはごく一部のみで雰囲気はよくわからない。

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電車で等々力に移動した。
ここには荏原台古墳群のうちの「野毛古墳群」がある。

その前に、せっかくなので等々力渓谷を散策した。

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その光景は、とても東京とは思えない。

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ちょっとだけ道を逸れて、野毛大塚古墳へ。

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なるほど、きちんと整備されていて、造営当時の姿を思い起こさせる。

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再び等々力渓谷へ。

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渓谷のすぐ脇にある等々力渓谷3号横穴。

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古墳時代の墓地が復元されたものらしい。

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近くに1号横穴と2号横穴もあるが、こちらは埋め戻されている。

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等々力渓谷の外れには等々力不動尊があり、
その伽藍は渓谷の辺に建っている。
例えば、稚児大師御影堂。

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不動の滝。

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不動様がいらっしゃる。

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不動尊へ上がってみた。

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古墳はまだある。
等々力不動尊から道路を挟んだ向かいには御岳山古墳がある。

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さらに東に進むと、狐塚古墳。

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こちらの古墳は上に登れる。

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最後に宇佐神社へ。

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ここには八幡塚古墳があるのだが、
ほとんど面影が残っていない。

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荏原台古墳群は、他にも蒲田に女塚古墳があるが、今回は訪ねなかった。


今回、何世紀にも渡る古代人の足跡を訪ね歩いたことになる。
こうしてみると、数千年もの時を越えて古代人と繋がることができたそんな気がしてくる。

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