ロック・アランウンド・ザ・クロック~ビル・ヘイリー~

ロック音楽史1

さて、ロックの歴史を辿ろうと思った時、どこまで遡ることができるのか。
そもそもロックの原型である「ロックンロール」とは、R&Bなど黒人音楽を指す言葉であった。
1952年に、DJのアラン・フリードが、自身のラジオ番組でR&Bをロックンロールとして紹介したことで、白人の若者の間に黒人音楽が流行していくことになる。


1955年に公開された映画「暴力教室」の主題歌として大ヒットしたのが、ビル・ヘイリー&ヒズ・コメッツによる「ロック・アランウンド・ザ・クロック」であった。


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映画は不良少年たちによる暴力がはびこる高校に赴任してきた新人教師の奮闘を描いたものであったが、
映画の内容と主題歌が見事マッチし、ロックンロールの曲として初めて全米チャート1位を獲得している。

もちろん、ロックンロールというジャンルはこれ以前にも存在していたし、
前年にヒットしたクルー・カッツの「シュブーン」こそが最初の全米チャート1位のロックンロールだと見なす意見もある。
だが、現在に続くロックの「若者による大人社会への反抗」というイメージを植え付けることに成功したという点でも、この「ロック・アランウンド・ザ・クロック」を最初のロックと位置づけることは間違いではないだろう。




軽快なリズムでノリが良く、
歌詞も「1,2,3o'clock, 4o'clock rock. 5,6,7o'clock, 8 o'clock rock...」とわかりやすい。
ただ、“反抗”といった危険な香りは曲からは伝わってこない。
近年のヘヴィーメタルやハードロックを聴きなれていると、むしろ健全な曲に思えてくる。
映画のイメージによって若者に受け入れられたということで、
いってみればメディアミックスの走りだともいえる。


「ロック・アランウンド・ザ・クロック」の人気ぶりから1956年には映画「ロック・アンド・ロール/狂熱のジャズ」(原題「Rock around the Clock」)が製作された。
ビル・ヘイリー&ヒズ・コメッツも本人役として出演している。
しかしながら、ボーカルのビル・ヘイリーはこの当時31歳。
前髪をキューピーのように垂らした冴えない中年であって、とてもではないが反抗のシンボルとは言えそうもない。

その後ロックの人気は高まっていく一方で、エルビス・プレスリーら本物の“若者”たちに押されていき、
1957年頃には人気は下火となってしまった。
1960年代以降のヘイリーはすでに懐メロ歌手といった立場であったらしい。
それでも1974年には「ロック・アラウンド・ザ・クロック」が映画「アメリカン・グラフィティ」の挿入歌として使用され再びヒットするなど、
この曲と共に人々の中に生き続けてきている。
まさにロックのパイオニアに相応しいのではないだろうか。


この「ロック音楽史」は今後も気まぐれに更新する予定。



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