ふれてごらん~鬼滅の刃研究4「最終選別編」~

鬼殺隊の隊士になるためには、「最終選別」を突破しなくてはならない。
その最終選別は、藤襲山で行なわれる。
1年中藤の花が咲き乱れている山だという…。
藤襲山には鬼殺隊によって捕らえられた鬼たちが閉じ込められているが、鬼は藤の花の匂いを嫌うため、藤襲山から出てくることは出来ない。


最終選別というのは、この藤襲山で7日間を生き延びるというものである。


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竈門炭治郎は、他の20人の少年たちと最終選別に挑んだ。
山の中で襲ってくる鬼たちを倒す炭治郎。
そこに襲いかかってきたのは全身に無数の手を生やした異形の鬼(声:子安武人)。
後に“手鬼”と呼ばれている。
手鬼は炭治郎が鱗滝左近次に魔除けとして与えられた狐の面に気づく。
手鬼は47年前に鱗滝によって捕らえられており、復讐のために鱗滝の弟子を食べることに執拗にこだわっていた。
すでに13人の弟子が手鬼によって殺されており、その中には炭治郎を助けた錆兎と真菰も含まれていた。


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水の呼吸を習得した炭治郎は苦戦するも手鬼を撃破。
手鬼は炭治郎に手を握られると、大好きだった兄と手を繋いだことを思い出し、涙を流しながら消えていった…。


かくして炭治郎は7日間の最終選別を生き延びることに成功。
鬼殺隊士としての第1歩を踏み出すことになる。
この時の最終選別の合格者は20人中わずか5人。
炭治郎の他に我妻善逸(声:下野紘)、栗花落カナヲ(声:上田麗奈)、不死川玄弥(声:岡本信彦)、そしていち早く山を降りた嘴平伊之助(声:松岡禎丞)だけだった。
炭治郎たちには鬼殺隊士となった証として隊服、伝令係となる鎹鴉(かすがいがらす)、日輪刀の原料となる玉鋼選択が支給された。


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この最終選別であるが、よくよく考えるとかなり酷いものである。
藤襲山に閉じ込められているのは人を2~3人しか食っていない“雑魚鬼”であるとはいえ、
普段から人は来ないだろうから、誰もが人を食いたくてうずうずしているはずである。
そんな中に、訓練を受けたとはいえ、隊士見習いを放り込むのである。
炭治郎たちの最終選別では20人中わずか5人しか合格しなかったが、
その事を聞いた鬼殺隊の指導者“お館様”産屋敷輝哉(声:森川智之)は「五人も生き残ったのかい。優秀だね。また私の剣士(子供たち)が増えた。」と言っている。
ということは、通常の最終選別における合格率はもっと低いのである。
炭治郎を始め、鬼殺隊士の多くは家族を鬼に殺されている。
中にはたった1人生き残った子供であることもあるだろうが、せっかく生き残ったのに最終選別で死ぬことになるのではその無念さ余りある。
もっと違った形の選別方法はないのだろうか…。


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鬼殺隊は数百人の規模で存在している。
那田蜘蛛山での下弦の陸・累との戦いでは数十人が犠牲になっていることを考えると、
毎年採用されるのが4人以下では補充が追いつかない。
年に数回最終選別が行なわれていなければならない。
仮に年4回実施され、毎回20人程度が参加しているとする。
すると毎回15人以上、年間で60人以上が不合格になっていることになる。
下手をすると、正規の隊士よりも死亡率が高いのではないか。


お館様が最終選別の参加者について把握していないとは思えないが、
その発言は最終選別での犠牲者を全く気にしていないかのようなそぶり。
お館様は後に隊士が死ぬたびに、「これ以上子供たちの犠牲を出したくない」とつぶやくが、
見習いの犠牲に関してはまったく勘定に入れていないようなのだ…。


いやひょっとしたら、最終選別では見習いの死者は実はそんなに多くないのかもしれない。
よくよく考えてみると、何もない山で7日間生き延びるというのは、例え鬼がいなかったとしても難しい。
そもそも寝床や食料はどうしたのだろうか?
炭治郎たちがそれらを持って山に入ったというような描写はない。
食料や水を確保出来なければ、鬼に出会う前に衰弱死してしまう。
中学3年生が殺し合う「バトル・ロワイヤル」でさえ、期限は3日間、食料や水は支給されていたから、
最終選別はある意味それよりも苛酷である。
最終選別では剣士としての力量ばかりかサバイバル能力までもが求められている。
もともと山育ちの炭治郎や伊之助にとってはさほど大変ではなかったのかもしれないが、
牛込(現・新宿区)生まれの我妻善逸や京橋(現・中央区)生まれの不死川兄弟のような都会育ちの参加者もいる。


だから最終選別では、7日を待たずに山から逃げ出した参加者が多かったのかもしれない。
死者よりも逃亡者の方が多いのなら、お館様の言葉もさほど問題にはならない。
(それでも死亡した参加者についての言及がないのは問題である。
炭治郎たちが参加した最終選別でも、少なくとも1名が手鬼によって殺されている。)


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確かに最終選別の開始時、参加者たちは産屋敷家の兄妹から「この中で七日間生き抜く。それが最終選別の合格条件であります。」との説明を受けただけだ。
鬼を殺せとは一言も言われていない。
もし仮に鬼を1人も倒さなくても、7日間ずっと山の中で隠れたり逃げまくっていれば鬼殺隊士になることが出来る。
実際、冨岡義勇や村田らが参加した最終選別では、錆兎がほとんどの鬼を倒してしまったため、手鬼に殺された彼以外の参加者は全員が生き延び合格している。



鬼の強さは人を食った人数に比例する。
子供を50人以上食った手鬼は、錆兎が殺されたことからもわかるように見習い隊士にとってはかなりの難敵であった。
炭治郎でさえ、並外れた嗅覚などの特殊能力が無かったら殺されていたかもしれない。

鬼は参加者に斬られる他、共食いをするという性質がある。
したがって藤襲山には定期的に鬼を補充する必要がある。
最終選別で炭治郎に助けられた見習いも、「(ここには)人間を二・三人喰った鬼しか入れてないんだ」と語っていることから、
事前にそう説明を受けていたものと思われる。
鎹鴉を用いるなど、鬼殺隊の情報網を考えれば、彼らが手鬼の存在を把握していなかったとは考えにくい。
すると、鬼殺隊は意図的に手鬼を放置していたのではないか。


確かに手鬼が食った子供の数50人というのは膨大に思えるが、
手鬼は47年間藤襲山に捕らわれている。
平均すれば犠牲者はせいぜい年1人となり、さほど大きな被害ではない。
異形の鬼との戦いを避け、逃げるという選択をすることも実は大切なのである。
最終選別の真の目的というのは、鬼を倒せる即戦力の確保というよりは、冷静に状況を判断することが出来る人材を選び出すことだったのかもしれない。
そのために手鬼は敢えて藤襲山に放置されていたのではないだろうか。