華の乱~鬼滅の刃研究5「時代背景編」~

「鬼滅の刃」の物語は大正時代である。
大正時代というと1912年7月30日から1926年12月25日までの15年間であるのだが、「鬼滅の刃」に描かれているのは具体的にはいつになるのだろうか。


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そのヒントとなるのは、藤襲山での最終選別の際に登場した手鬼のセリフにある。
手鬼は竈門炭治郎に「今は明治何年だ」と問う。
炭治郎が「今は大正時代だ」と答えると、手鬼は「アァアアア、年号がァ!!年号が変わっている」と慌てる。
「忘れもしない四十七年前(略)江戸時代・・・慶応の頃だった」


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慶応時代は1865年から4年間続いているため、
慶応から47年後は大正元年~4年ということになる。

炭治郎は鬼に家族を殺されてから、狭霧山の鱗滝左近次のもとで2年間修行しているため、
物語の始まりはその2年前、明治43年~大正2年のどこかだ。

単行本2巻のあらすじに「時は大正。」とあることから、一般的には物語開始時点で既に大正だったと考えられている。
第1話で雪が積もっており、炭治郎が「正月になったらみんなに腹いっぱい食べさせてやりたいし」と語っていることから、物語の始まりは大正元年末、もしくはその翌年ということになり、
最終選別があったのは大正3年もしくは4年となる。


ただ僕は、物語の始まりが明治であった可能性もあるように思っている。
というのも、手鬼は炭治郎に聞くまで大正への改元を知らなかったからである。
改元を知らなかったということは、炭治郎の受けたこの時の最終選別が、大正になってから行なわれた初めての選別だった可能性がある。
もしこの最終選別が大正3~4年であったとすると、少なくとも2~3年間最終選別が実施されていないことになる。
鬼殺隊が数百人規模の隊士を維持するためには年に複数回最終選別が行なわれていなければならないのだが、
それが2、3年もの間行なわれないということがあり得るのだろうか?


「鬼滅の刃」本編には大正への改元を示す描写は一切出てこないが、
炭治郎は改元のあった時ちょうど山奥で修行の最中であったのだから、知らなくても何の不自然もない。


もちろん、この2、3年、選別の参加者が誰も手鬼とは遭遇しなかった可能性もある。
あるいは問答の間もなく殺されてしまったのかもしれない。
いや、ひょっとしたら最終選別は必ずしも藤襲山で行なわれるわけではなく、他の会場を使っているのかもしれない。


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冨岡義勇は後に「あの年の選別で死んだのは錆兎一人だけだ」と炭治郎に語っている(15巻130話)。
まるで選別が年に1回しか行なわれていないかの口ぶりである。
ひょっとしたら藤襲山で最終選別が行なわれるのは年に1回だけで、残りの数回は他の会場を使っていたということなのかもしれない。
だとすれば、大正元~2年に藤襲山で最終選別が行なわれていなかったとしても決して不思議なことではない。