アブラハムの子~創世記7~

 アイヤー、ヨッ

作家・阿刀田高は「旧約聖書を知っていますか」の中で、イスラエルの族長の名前の覚え方をこう述べている。
アブラハムの子がイサク、その子がヤコブ、そしてその子がヨセフである。
我々日本人は聖書の人名になかなかなじみがないので、こうした語呂合わせがあるというのはあり難い。


今回紹介するアブラハムの子イサクは地味な人物である。
創世記25章でアブラハムが亡くなりイサクがその後を継ぐも、物語はすぐにその子のヤコブに移ってしまうからだ。
イスラエル民族の父アブラハムと、自ら「イスラエル」と名乗ってイスラエル12部族の祖となったヤコブの間に挟まれていてイサクは影が薄い。
鎌倉幕府執権の北条義時、室町幕府の足利義詮、江戸幕府の徳川秀忠…。
日本の歴史を紐解いてみても、2代目は初代や3代目に比べて影が薄いことが多い。
基礎を築いた初代と、全盛期の3代目に挟まれているからであろうか。


さて、そのイスラエル民族2代目族長のイサクであるが、有名なエピソードとしては、神が父アブラハムの信仰を試そうと幼いイサクを献げ者として差し出すよう命じるものがある。
信仰厚いアブラハムは神の命ずるまま刃物でイサクを屠ろうとするが、神は慌ててそれを止めさせる。(創世記22)
(下の絵はレンブラント「アブラハムとイサク」)

AbrahamIsaac.jpg

後にイサクにはエサウとヤコブの2人の息子が生まれる。
成長したヤコブは、長子の特権が欲しいがためにエサウに成りすまして父イサクの祝福を受ける。
毛深いエサウに成りすますため、体に子山羊の毛皮を纏って目の不自由となったイサクを騙す。
イサクは「声はヤコブの声だが、腕はエサウの腕だ(創世記27.22)」と言いながらも騙されてしまうから、ずいぶんと間抜けでお人よしという印象だ。
(下の絵はフリンク「ヤコブを祝福するイサク」)

IsaacBendiceJacob.jpg

イサクの業績としては多くの井戸を掘ったことであると聖書では述べられている。
父アブラハムがかつて掘ったもののペリシテ人によって埋められてしまった井戸を再び掘り直し、また新たな井戸を掘っている。
砂漠に生きるイスラエル民族にとって、水がいかに貴重であったかは想像に難くない。
井戸を持つということはその土地を支配するということでもあった。
イサクはアブラハムが神から与えられた「約束の地」を1つひとつ取り返していったということである。
地味だが大切な仕事である。
イサクはまさに「忍耐」の人物であったのだ。


確かにイサクは父アブラハムや息子ヤコブに比べれば地味なのかもしれないが、その間をつなぐ重要な人物であったといえる。



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