ヨセフとその兄弟~創世記9~

カナンに移り住んだヤコブたちであったが、ヤコブは息子たちのうちラケルの生んだヨセフをことの他かわいがった。
そんなヨセフのことを兄たちは嫉妬。
兄たちによって荒野の穴に落とされたヨセフは、イシュマエル人に売られエジプトに連れられて行ってしまう…。(創世記37)
(下の絵はオーファーベック「兄に売られるヤコブ」)

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「創世記」最後の主人公はヨセフである。
「創世記」にはカインとアベル、イシュマエルとイサク、エサウとヤコブと、兄と弟の確執が何度となく繰り返し描かれているが、ヨセフのエピソードにおいても彼と兄たちとの確執と和解が大きなテーマとなっている。


エジプトに連れていかれたヨセフは才覚を発揮してファラオから「宮廷の責任者」(宰相)に任じられた。
一帯が7年間の飢饉に見舞われた際も、ヨセフの助言によってエジプトは餓えることはなかった。
そこへヨセフの兄たちが助けを求めてカナンからやって来た。
兄たちは当初、宰相がヨセフであるとは気が付かなかったが、最終的にヨセフはその身分を明かす。
やがて父イスラエルをも呼び寄せ、一族はエジプトへ移住する。(創世記39~50)
(下の絵はポントルモ「エジプトのヨセフ」)

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「創世記」38章にはヤコブの兄ユダとその息子たちのエピソードが唐突に登場する。
ユダにはエルとオナン、シェラの3人の息子がいた。
エルはタマルと結婚したが、神の意に反したため殺されてしまう。
ユダは弟のオナンに「兄嫁のところに入り、(略)兄のために子孫をのこしなさい」と命じるが、その子が自分のものにならないと考えたオナンは、子種を地面に流してしまう。
そのためオナンも神の怒りを買って殺されてしまった。
その後タマルはシェラと結婚させてもらえなかったため、娼婦のふりをしてユダと関係を持ち双子のペレツとゼラを生んだ。(創世記38.1~38.11)

自慰行為のことを“オナニー”というのはオナンが子種を地面に流したことに由来している。
オナンがその行為によって神に殺されたことから、オナニーは罪悪であるとの考え方が生まれたようだ。
ただよく読むと、彼の行為は自慰ではなく外出しであるのだが…。


当時のユダヤ人は父から祝福を受けた“族長”がすべてを相続する「家父長制度」であった。
そのため、誰が後継ぎとなるかは大きな問題であったと考えられる。
「旧約聖書」には何度となく描かれる兄弟の確執も、そもそもは族長の座をめぐる争いだったと考えれば納得がいく。
ユダが長男の嫁に次男をあてがってでも子を生ませたかったということも、タマルが舅と交わってでもユダの子孫を生もうとしたことも同様の理由であろう。
また、オナンが兄嫁との間に子供を作りたくなかったのは、兄の子が生まれると、自身が父の後を継ぐことができなくなるからである。


アブラハムからイサク、ヤコブと代々引き継がれてきた族長は、ヤコブの12人の息子へ受け継がれた。
ルベン、シメオン、レビ、ユダ、ダン、ナフタリ、ガド、アシェル、イサカル、ゼブルン、ヨセフ、ベニヤミンがそれぞれ12の部族(支族)の祖となった。
ただし、「民数記」冒頭で人口調査が行なわれた際にはそこにレビ族は加えられず、代わりにヨセフの子のエフライムとマナセの子孫が加えられている。
レビ族が除かれたのは「レビ人には掟の幕屋、その祭具および他の付属品にかかわる任務(民数記4.49)」があったからだという。
レビ族には土地が与えられない代わり祭司として儀式を行なう役割があった。
ちなみにモーセ(モーゼ)はレビ族の出身である。

後にイスラエル王国を築くダビデ王はユダ族の出身である。
「ルツ記」にペレツからダビデまでの系図が載せられている(ルツ記4.18~4.22)ように、「旧約聖書」の作者はユダ族をイスラエル人の正統と見做していたようだ。
だからペレツ誕生にまつわるユダ一家のエピソードが「創世記」に無理やり載せられているのである。
ユダが兄弟の中で一貫してヤコブに同情的に描かれているのも同様の理由だったのではないだろうか。


「創世記」はイスラエル民族がエジプトに移り住んだところで終わりとなる。
だがそれは、民族にとって新たな苦難の始まりであった…。
引き続き「出エジプト記」を読んでいくことにしたい。



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