明日を目指して!~山口達也逮捕~

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元TOKIOの山口達也が逮捕された。
理由は酒気帯び運転とのことである。
9月22日朝、山口の運転するハーレーダビッドソンが信号待ちをしていた車に追突した。
幸い怪我人はいなかったが、駆けつけた警官が検査したところ呼気1Lあたり0.7㎎のアルコール濃度が検出された。
これは基準(0.15㎎)の5倍近い数値であったことから、その場で逮捕されたという。

山口達也は2018年、酒に酔った勢いで未成年者に強制わいせつ事件を起こし、その後不起訴にはなったものの、TOKIOを脱退、ジャニーズ事務所からも退所していた。
山口は謝罪会見で今後は「酒を絶対に飲まない」と語っていたのであるが…。


前夜の酒が抜けていないとういうのであればまだ同情の余地がある。
ところが後続者のドライブレコーダーの映像を見ると、山口のバイクは追突前から大きく蛇行するなどしていた。
これを見る限り相当に酔っていたようである。
アルコール濃度0.7㎎というのは、ビールであれば中瓶で7、8本である。


来年3月にTOKIOは長瀬智也がジャニーズ事務所を退所し、残った3人が「株式会社TOKIO」を立ち上げグループ活動を継続するという。
また、このところメンバーの山口について言及が増え、水面下では山口復帰に向けての動きが進んでいたように思われる。
今回の事故のせいで、それもまた遠ざかったようだ。

2年前は不起訴であったため、マスコミが彼の事を「山口達也メンバー」という謎の呼称で呼び、それがちょっとしたブームになったが、
今回の逮捕で晴れて「山口達也容疑者」になってしまった。


TOKIOはジャニーズのアイドルの中でも特に男性の人気が高く、僕も結構好きなのだが、
それだけに今回の件は悲しいし残念である。
それでもまだ、山口達也がいつの日か帰ってくることを信じたい気持ちでいる。



コーヒー・ルンバ~コーヒー中毒~

♪昔アラブの偉いお坊さんが 恋を忘れた憐れな男に
 痺れるような香りいっぱいの 琥珀色した飲み物を教えてあげました…
         西田佐知子「コーヒー・ルンバ」

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僕はコーヒーが大好きである。
朝起きて一杯。
通勤中に缶コーヒー。
職場について一杯…
てなぐあいに1日4~5杯は飲んでいる。

僕がコーヒー好きになったのはおそらく中学生の頃だったかと思う。
当初は砂糖とミルクを入れた甘~いコーヒーがお好みだったが、そのうち甘くないコーヒーの味を覚えた。
ネパールに滞在していた2007年1月~2009年1月を除いて、ほぼ毎日のようにコーヒーを飲み続けている。
(ただし、ネパールでは毎日紅茶を3~4杯飲んでいた。)


そのコーヒーに害があるのではないかということはだいぶ前から言われていた。
大学生の頃、僕はドトールコーヒーでアルバイトしていたのだが、もしそうなら自分は相当ヤバイのではないかと心配になった。
だがバイト先の店に置いてあったパンフレットに、コーヒーがいかに健康に良いのかということが書いてあったのを読んでひと安心。
結局、コーヒー愛が衰える事にはならなかった。


最近、同僚の先生がコーヒー断ちを実践したという話をしていた。
その先生はコーヒー断ちをしたところ、猛烈な頭痛や吐き気に襲われたのだという。
いわゆる“カフェイン中毒”であったというのだ。
それを聞いて僕もまた心配になってきた。
ひょっとしたら僕自身もそうなのではないか…。
そこで、僕もコーヒー断ちを実践してみることにした。

もし体調不良になってしまうと仕事に支障が出る可能性がある。
そこで、休日に実践することにした。


金曜日。
朝いつものようにコーヒーを飲んで家を出た。
ついうっかり普段の癖で缶コーヒーを買ってしまったので、それを最後にすることにして、しっかり味わって飲んだ。

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土曜日
朝からコーヒーは飲まない。
念には念を入れて、お茶もカフェインの入っていない麦茶にするという徹底ぶり。

すると、夕方になって頭が痛くなってきた。
これが禁断症状だろうか?
ただ、頭痛が起きるのはこれまでにもあったことなので、もう少し様子を見ることにする。

日曜日
起きてからずっと頭が痛い。
それどころかダルくなってきた。
吐き気こそおこらないが、これは禁断症状で確定だろう。
20時を過ぎた頃、翌日の事が心配になってきた。
これではとても月曜に授業が出来そうにない。

21時…限界だ!
買ってあったアイスコーヒーをコップに注いで口にした。

すると…
みるみる頭痛が引いていくではないか。
そして、ダルさも抜け元気が戻ってきた。

映画「エド・ウッド」には薬物中毒のベラ・ルゴシ(演:マーティン・ランドー)が、麻薬を注射するたび、「白鳥の湖」が流れ元気を取り戻すシーンがあるが、まさにそれ。
僕の場合はYO-CO(荻野目洋子)版「コーヒー・ルンバ」のイントロが流れた(笑)

♪やがて心ウキウキ とても不思議このムード
 たちまち男は若い娘に恋をした…




どうやら僕は完全にカフェイン中毒であったようだ。
禁断症状に対してここまで効果がてきめんだというのが恐ろしい。
麻薬中毒の気持ちが実に良く理解できる。
なぜ彼らが麻薬を止められないかということも…。


いろいろ調べてみたところ、禁断症状が収まるまで5日程かかるというのだが、この状態が続くのではそれまでの生活に支障が出そうだ。
適量を守ってうまくカフェインと付き合っていくことが必要である。
適量は1日あたり400㎎だという。
コーヒー100mlあたりカフェインは60㎎なので、ボトル缶のコーヒー(280g)だと2、3杯ということになる。
しかも、1時間以内に体重1㎏あたりカフェイン6.5㎎摂取で約半数が、3時間以内に17mlで全数が急性カフェイン中毒になるという。
僕の場合は1時間以内にボトル缶コーヒー3本、3時間以内に9本で急性中毒になる計算だが、決して不可能な量ではないところが恐い。

コーヒー断ちをした翌日の月曜日は普段通りに朝コーヒーを飲んで家を出た。
不思議なことにその日はいつになく身体が楽だった。
もっとも、これがカフェインを控えた効果だったのかはわからないのではあるが…。
一応、それ以降コーヒーを飲むのは基本的に朝のみにして、後は特別な時に飲むだけにしている。
例えば気合いを入れたい時であるとか、外食時にコーヒーがサービスでつく場合など。
これからもしばらくはコーヒーとの付き合い方を工夫していきたい。
また、何か新しい発見があった時には改めてここで報告したいと思う。


♪それは素敵な飲物 コーヒーモカマタリ
 みんな陽気に飲んで踊ろう 愛のコーヒールンバ



オクトパス・ガーデン~ホームページ~

僕のホームページ「OCTOPUS'S PAGE 」はブログより古く、2002年1月に始めている。
ホームページを始めようと思ったきっかけは、当時務めていた高校の紀要に論文「日本競技かるた史(1)」を執筆したことである。
論文を書いた後も引き続き調べていたのだが、せっかく調べたことを発表する場としてホームページを開設した。
それが「日本競技かるた史(2)」である。


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しかし、競技かるたの歴史だけではそう頻繁に更新するという訳にいかない。
そこで、映画史エッセイも載せることにした。
映画の歴史を創成期から順を追って見ていくといえもの。
これであれば、こまめに記事の更新が出来るだろう。
そうして始めたのが「映画史探訪」であった。


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その後、あちこちの名所を訪ねて歩く「書を持って街に出よう~日本新名所発見レポート」というコーナーも作り、現在に至っている。


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この数年、ホームページの執筆の方は遅々として進んでいない。
しかし、今後も細々とではあるが書き続けていきたいと思っている。


記事の更新については、この「たこのあゆみ」でも紹介するので、その時はぜひ遊びに来て欲しい。



もっともっともっと話そうよ~ブログ~

僕が一番長く続けているSNSはブログである。
このブログ「たこのあゆみ」を始めたのは2006年1月だから、もうじき15年になる。

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僕は2007年1月から2009年1月までネパールの首都カトマンズで青年海外協力隊の日本語教師として活動した。
その体験を記録するためにこの「たこのあゆみ」を始めたのである。
青年海外協力隊員としての活動や、ネパールの様子は十分伝えてくる事が出来たかと思う。
ところが、帰国後「たこのあゆみ」をどうしたらいいか迷ってしまった。

社会復帰までが一区切りであるからと、次に教員採用試験と都立高校教員としての活動について書こうかとも思ったのだが、立場上あまり自由に書くことが出来ない。
そこで、主に自分の趣味について書くことにした。

ところが、自分の趣味は一貫していないのである。
旅行や野球観戦、競技かるた、映画、サブカルチャーなどについて書いているうちに、あまりに雑多すぎてまとまりに欠けるものになってしまった。
何か、コンセプトというかテーマを何か決められないかと模索し続けて10年近く経ってしまった。
途中で三宅島に赴任したため、島での生活を中心に据えようと思ったこともあったが、結局別ブログ「あしたば白書」を立ち上げることになった。

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実は「たこのあゆみ」には何度か存続の危機があった。
当初は学校の様子なども書いていたのだが、2012年頃だっただろうか、都民と思しき人が書いてある内容に問題があるのではないかと東京都にクレームを入れたことで、管理職から怒られてしまった。
もちろん学校名は書いていなかったのだが、プロフィールに書いていた経歴等から身バレしたらしい。
そのため、学校関係の話題が書きにくくなってしまったのである。

三宅島赴任後は三宅島での生活を書いていたのだが、2016年頃内容に誤りがあったことで三宅村に問い合わせがあり、その事で当時の管理職の知るところとなり、暗にブログを止めるように言われてしまった。
そこで「たこのあゆみ」は一時非公開とし、内容ごとに複数のブログに分けることにしたのである。
2019年8月にようやく「たこのあゆみ」を再開した。


おそらく今後もいろいろと危機はあるだろうし、コンセプトをどうするかという答えは出ていない。
しかし、この「たこのあゆみ」は今後も出来る限り自分のライフワークとして続けていきたいと考えている。



バーチャル・ウォーズ~Instagram~

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僕が「Instagram」 を始めたのは比較的遅く、2018年になってからだった。
ある時、生徒が僕の映っている動画を見たという話を聞いた。
時々生徒が僕のことを撮影したりするのは知っていたが、その動画がInstagramに上げられているというのである。
それを確認するためにアカウントを取得したのがきっかけだった。
結局その動画というのは、24時間で消えてしまう「ストーリー」というもので、自分で確認することは出来なかったのだが、せっかくアカウントを取ったからと自分でも写真を上げるようになった。


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これまで僕は写真はFacebookで上げていたのだが、Instagramはなかなか使い勝手が良い。
旅先の観光地や、食べたもの、あるいは町で見つけた発見…。
取り立ててコメントをつける必要がないというのも気軽に使えるところ。
最近では写真は専らInstagramに上げるようにしている。


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4月、新型コロナウィルスの影響で緊急事態宣言が出て、遠出をするのが難しくなった。
せっかくなので、過去に撮りだめた写真をInstagramに載せることにした。
僕が初めてデジカメを持ったのは2005年だったのだが、それ以降旅行先などで撮った写真が膨大な量となっている。
それをすこしずつ載せることにした。
2006年に4ヶ月かけて日本一周をした際の写真や、2007~2009年にネパールに滞在していた当時の写真を載せているが、僕自身の歩みを振り返る事にもなっていてとても懐かしい。


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もともと生徒の投稿を確認するために入ったこともあり、基本的に僕のInstagramは誰に見られてもいい、極めて健全なものになっている(はず)。

まだまだ行ったことない場所や行ってみたい場所は世界中いくらでもある。
新型コロナウィルスが終息したら、どこに行くかを考えて、今から楽しみにしている。
(写真は上から金閣寺、会津若松城、天橋立、カトマンズ・パシュパティナート寺院)



ザ・インターネット~Twitter~

世界で中一番多くの人が使っているSNSはいったい何であろうか。
登録者数でのランキングは次の通りとなっている。

1.Facebook 24億9800万人
2.YouTube 20億人
3.WhatsApp 15億人
4.WeChat  11億6500万人
5.Instagram 10億人
6.TikTok   8億人
7.LinkedIn  6億7500万人

一方、日本の場合は次の通りである。

1.LINE   8300万人
2.Twitter  4500万人
3.Instagram 3300万人
4.Facebook 2600万人
5.TikTok   950万人
6.Pinterest  530万人
7.LinkedIn  200万人

日本では圧倒的にLINEユーザーが多いが、普及しているのはアジアのみであるらしい。
ちなみにユーザー数は全世界で1億6400万人だそうである。
また、同じアメリカ発祥のSNSでも、世界1位のFacebookが日本では4位に留まる一方、
全世界でユーザー3億3960万人のTwitterが2番目に多くなっているのが面白い。

なぜ日本人にTwitterが好まれているのであろうか。
僕はTwitterが日本人にとって気軽に使えるSNSであるからではないかと思っている。
Twitterには140文字という文字制限があるが、日本人にとっては決して欠点となっていない。
なにしろ日本人は昔から短歌や俳句などで決められた文字数の中に感情を織り込むという事が得意である。

Twitterは必然的に短文での投稿となるのだが、そのことでリアルタイムでの情報発信が容易となった。
同時に、通勤中などの空き時間でもさくっと読むことが出来るから、情報を受け取る側にも気軽に使える。

また、匿名性が高いからこそ自由に考えを発信する事が可能である。
これがFacebookの場合だと、本名で登録しているため、どうしても本音を呟く事が難しい。
Twitterは1人で複数のアカウントを持つ事も可能だから、目的に応じて使い分けることも出来る。
実際僕も投稿内容によって幾つかのアカウントを持っている。

以前、とある人とTwitter上で論争になったことがある。
本名で登録しているその人は、僕が本名で登録していないため信用出来ないと言ってきたのである。
しかしながら、Twitterはそもそもが匿名性の高いことを前提としたSNSであるのだから、そうした批判はお門違いでしかない。
もちろん、有名人等が宣伝のために本名で登録するのは自由である。
(ちなみにその人は有名人ではない)


Twitterは気軽に投稿出来る事からこそこれまでに様々なトラブルを引き起こしてきた。
店員が店舗の冷蔵庫に入った写真を投稿して“炎上”するような事である。
しばしば「バカ発見器」「バカッター」などと揶揄される。
僕自身も、仕事上でトラブルがあった時に、それとは無関係に呟いたtweetで誤解されてしまったこともある。


僕がTwitterを始めたのは2011年。
どちらかというと情報収集が目的であるが、ちょっとした思い付きとか、発見を備忘目的で呟くには最適であると思っている。

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あんまりフォローはお薦めしませんが、こちらが僕のアカウント。



これからもマイペースでTwitterを続けていこうと思っている。



サーチ~Facebook~

僕が一時期最も熱心に使っていたSNS(ソーシャル・ネットワーク・システム)が「Facebook」である。


僕がFacebookに加入したのは2008年の事だった。
ネパールのチトワン(写真)に旅行した際、同じホテルに留まっていたドイツ人医師から存在を教えてもらい、招待してもらったのが入ったきっかけである。
チトワンで撮った写真をお互いに交換するという目的もあった。


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 Facebookはmixiとは異なり、本名で登録するのが原則である。
そのため、Facebookが盛んになると、昔の友達との交流が再び始まったりもした。
僕は中学から私立に通っていたので、小学校時代の友人とはほとんど交流がなかったのだが、ある時小学校時代の友人から友達リクエスト申請が来た。
何でも、その彼はFacebookで片っ端から当時の友達を探したのだそうである。
そのお陰で、小学校時代の仲間でお花見を開催したりと、交流が復活したのも嬉しかった。

また、日本国内が中心のmixiと異なり、Facebookは世界規模で普及している。
だから、外国人の友達を作るのにも役立つ。
海外旅行中に知り合った人とFacebookで繋がった事が何度もある。
ざっと思い出しても、アメリカ、フランス、ドイツ、ネパール、中国、韓国、タイ、フィリピン、モロッコ、イランの人と繋がる事が出来た。


そのFacebookも、最近では「オワコン化」が囁かれている。
若者を中心にFacebookを利用する人が減っているらしいのだ。
確かに僕の友人の中にも、最近になってFacebookを退会したり、まったく投稿しなくなった人が増えてきている印象である。
確かにFacebookを使わなくても代わりとなるSNSはいくらでもある。
写真投稿ならInstagram、動画投稿ならTikTok、個別にメッセージを送るならLINE、
何か呟くならTwitterやブログという方法がある。
Facebookが幅広い機能を持ち過ぎたため、逆に個々の特色に特化したSNSの方に人が流れるようになってしまったのだろう。

若者のFacebook離れの原因の1つに、「おじさんの投稿がウザい」というものがあるらしい。
僕も40代のおじさんなので、自身そうなっていないか心配なところである。
試しにFacebookのタイムラインを確認してみたところ、驚くことに20番目までに出てきた友人は全員が30代以上だった。
さらにそのほとんどは40代以上。
元教え子など20代の友人もいるはずなのだが、投稿が全く見当たらなかったのである。

そのおじさん・おばさん達の投稿を眺めてみると、確かに自慢話や愚痴といったものが少なからずある。
これが気になる人は確かにいるだろう。

僕はそれよりも、やたらと長い投稿をする方が気になる。
タイムラインをチェックしている時にそういった投稿があると、最後まで読まずに飛ばしてしまう。
そう人はブログをやればいいのに、と思う。

あるいは、いったい何の事を言っているのかわからない投稿にも困りものだ。
とある友人が「ここでは言えないが」と断って憤っている投稿をしたことがあった。
どんな事情があったのかがわからないので、こっちも正直どう反応すればいいのかがわからない。

こうした特色は、ひょっとしたらおじさん・おばさんに限らないのかもしれないが、こんな投稿ばかりが流れてくるのでは、Facebookを敬遠したくなる人が出るのも分かる。
かくいう僕も最近では投稿内容によってはInstagramやTwitterなどと使い分けており、必然的にFacebookへの投稿は減らしている。
最近ではFacebookに投稿するのはブログ更新の際のお知らせぐらいである。


Facebookは昨年、今後はよりプライバシーを強化すると発表した。
ひょっとしたらFacebookのあり方も今後は変わってくるかもしれない。
もっとも今のFacebookがおじさん・おばさんにとってのSNSと化しているのなら、それはそれでも良いのかもしれない。
そんなFacebookの有効な使い方をこれから模索していければと思う。



ソーシャル・ネットワーク~mixi~

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5月18日、「mixiページサービス終了のお知らせ」が発表された。
ついに、「mixi」も終わってしまうのかと、ちょっぴり寂しい気持ちになったが、よく見てみると、「mixiページ」という機能が8月いっぱいで終了するというだけのことであった。
ようするに著名人や企業のオフィシャルページなどのことのようで、mixi自体が終わるわけではなく、個人のページもそのまま使えるらしい。


このニュースをきっかけにすごく久しぶりにmixiにログインしてみた。
最新投稿を見ると、会社をやっている知人を除いてほとんど投稿がない。
マイミク(友達)もだいぶ数が減ったようで、過去のメッセージには「退会したユーザー」というのが目立っている。
また、いくつかあった新規メッセージは「Oakleyのサングラスが好きですか?」という乗っ取られたとおぼしきものだった。


僕がmixiに参加したのはおそらく2006年頃だったろう。
当時は招待制であったが、登録にニックネームを使うなど、中途半端な閉塞感が僕にはどうも合わなかった。
2010年頃までは一応mixiを使ってはいたが、僕自身はほとんど投稿していない。
「日記」も結局、一度も投稿しなかった。

2010年頃からはFacebookが盛んになり、いつの間にかmixiに取って代わられるようになった。
例えば毎年年末に行なわれている僕の中学・高校時代の同級生の忘年会の連絡も、当初はmixiを使っていたが、今ではFacebookが使われている…。

正直僕自身はmixiのアカウントを削除してしまっても別に構わないのであるが、こうして何年かに一度アクセスして懐かしさを感じるのも悪くないかもしれない。
そんなわけで、アカウントはこのまま残すことにした。
いつかまた会う日まで、mixiよお元気で。



僕はフグ~大阪づぼらや閉店~

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新型コロナウィルスの影響で多くの飲食店が閉店に追い込まれている。
大阪にあるフグ料理の店「づぼらや」もそんな店の1つ。
緊急事態宣言のため4月8日から休業していたが、経営難のため休業のまま9月15日をもって閉店することが決定した。

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「づぼらや」は1920年創業というから今年で100年目。
通天閣の麓・新世界に本店がある(写真上)。
また、道頓堀にも支店がある(写真下)。

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なんといってもフグの提灯で知られている。
くいだおれ人形や、かに道楽、金龍ラーメンなどと共に大阪のランドマーク的存在となっている。

その提灯もついに外されてしまったようだ。



そして店には「ほな!さいなら」という最後のメッセージ…。

淋しい限りである。
なんでも、新世界にあるスパワールドが提灯の引き取りに前向きだというから、提灯だけはまた観ることが出来るようになるかもしれない。

フグ料理の店という事で、実際に行ったという人は案外少ないのかもしれないが、僕は数年前に一度行ったことがある。

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その時にてっさ(フグの刺身)をつまみにヒレ酒を飲んだのが、今となっては懐かしい想い出だ。

新型コロナウィルスは伝統のある店にも大きな打撃を与えている。
早くそうした店にも心配なしに訪ねることが出来る日が来てくれることを願ってやまない。




ずっと忘れない~青年海外協力隊員帰国中~

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世界中で猛威を振るう新型コロナウィルス。
その影響で青年海外協力隊を始めとする国際協力機構(JICA)のボランティア約1,785が3月に一時帰国を余儀なくされた。
それから半年…帰国は予想以上に長期に及んでいる。

その一時帰国隊員には次の3つの選択肢があるという。

1.現状のまま待機。
2.いったん合意書を解除して再派遣を待つ。
3.協力隊終了

ほとんどの隊員はここまで一時帰国が延びるとは予想していなかっただろうから、業務や生活をそのままにしてきているだろう。
引き継ぎも出来ていないし、下宿や荷物もそのままかもしれない。
ただでさえ、2年間しかない任期の4分の1を無駄にしているのである。
1を選んでしまうと、このまま派遣再開となる前に任期終了を迎えるおそれがある。
また、これでは再就職というのも難しい。
僕だったら迷わず2を選ぶだろう。

実際、約530名の隊員が2を選んだという。
再派遣の期間は2023年7月までだそうだ。


派遣再開はいったいいつとなるのであろうか。
例え日本で新型コロナウィルスが収束したとしても、発展途上国も同様というわけにはいかない。
僕も2年間ネパールで生活してきたが、予防はおろか治療も満足に出来ないのを知っている。
下手をすると再開まで数年はかかるのではないだろうか。
早く元通りにボランティアが活動できる日が来て欲しい…。