さがしもの~書評~

僕は昔から本が好きだった。
幼い頃は、いつも何冊も本を抱えて歩くような子供だったらしい。
そんなこともあって、大学では文学部に入り日本文学を専攻し、今は国語の教員として教壇に立っている。

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僕は普段国語の授業で、生徒たちに本を読むことの楽しさ、大切さを教えているつもりである。
だが、生徒たちは古典文学や文豪の作品などを、どうしても「難しい」と敬遠してしまう。
名著といわれる作品が今日まで読み継がれているのはそれなりの理由があるわけで、実際に読んでみるとそれなりに面白かったりするのだが、なかなか読み始めようという気持ちにはならないのだろう。

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しかし…よくよく考えてみると、僕自身も人に自慢できる程の読書をしていると言えるのだろうか。
名著といわれるものの大半は、かろうじてタイトルを知っているだけで、実際に読んでいるわけではない。
名著は“人類の宝”といえるのだが、せっかくこの世に生を得たのなら、少しでも宝を手に入れたいものである。

その一方で、間違いなく過去に読んでいるのだが、すっかり内容を忘れてしまった本も多くある。
これは読んでないことと同じではないだろうか。

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以前、勉強法の本を立て続けに読んだことがある。
それらの本の多くで言っていたことは、知識の定着においてはインプットよりもアウトプットの方が重要だということであった。
教科書を読んだり単語を覚えたりするのがインプットなら、問題を解いたり人に教えたりするのがアウトプットである。
英語で言えば、単語や文法を覚えるのがインプットなら、実際に会話で使ってみるのがアウトプットに当たる。

このアウトプットの重要性ということは、僕自身思い当たる節がある。
僕は高校生に国語の授業を行なっているのだが、毎年だいたい3~4クラスを受け持つ。
同じ内容の授業を受け持っているクラスの数だけ行なうのだが、そうすると生徒以上に完璧に教材の内容を理解してしまっている。
つまり、教材研究がインプットなら、教えることがアウトプットになっているのである。


読書にもこのアウトプットが応用できないだろうか…。
とある本がアウトプットの方法として書評ブログを勧めていた。
なるほど、これなら自分の読書の記録になるばかりか、これから読む人やまだ読んでいない人の参考にすることもできる。
せっかく僕はこの「たこのあゆみ」というブログを永年続けているのだから、この場を使って書評を発表してみるのも面白いかもしれない。
もちろん、ただ自身の記録とするだけではなく、作品にはきちんとツッコミを入れ、なおかつ他人が読んで楽しんでもらえるものを目指したい。

新型コロナウィルスの影響による緊急事態宣言でなかなか外出もままならない。
こういう時期だからこそ、少しでも皆さんの読書の参考となれば幸いである。





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